天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 まさにどこのドラマの話?と言いたくなるほどだ。

 その時の純菜は入社二年目。もちろん壱生のようなエース級のリーガルアシスタントができるほど知識も経験もなかった。よって自分の仕事を静かにこなしながら、その社内の熱狂を離れたところで見ていた。

 そしてその半年後、純菜は事務所の代表である榎並に呼ばれる。普段ほとんど関わることのない人物に呼び出されて緊張する。なにか失敗しただろうかと思い出そうとするけれど、焦ってそれどころではない。

 ノックをして代表の部屋に入ると、そこには榎並と一緒に壱生がいた。

「君が矢吹君か。座りなさい」

 応接セットを指さされたので「失礼します」と断ってから腰かける。失敗しないようにすべてに気を遣い、緊張していた。手のひらにはうっすらと汗をかいている。

 かたやこの場になぜかいる壱生はとてもリラックスしていた。同じ職場の人間でありながらこの違いは何なのだろうと思っていると榎並が驚くべきことを口にした。

「矢吹君。君が今日から鮫島先生のアシスタントね」

「え?」

 純菜はぽかんと口を開いてマヌケな顔をした。それくらい突拍子もない話だったからだ。

「あれ、聞こえなかった? 矢吹君は今日から鮫島先生の下で――」

「あの!」

 純菜は失礼を承知で話を遮り口を開いた。

「ん、どうかしたのかい?」

 榎並は純菜の失礼な態度にも寛大だった。おそらく彼女の混乱が目に見てとれたからだろう。

「私が鮫島先生のアシスタントになるって聞こえたんですけど、何かの間違いですよね?」

 純菜はすがるような気持ちで確認する。しかし榎並の答えは無情だった。

「いや、君は今日から鮫島先生とペアで仕事をしてもらう」

 やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。

 事実だと言われてショックで固まってしまった。その間にどんどん話が進んでいった。気が付けばふらふらしながら自分のデスクに戻って放心状態のまま座っていた。

「……さん、矢吹さん?」

「へ?」

 はっと我に返る。やっと周りの様子に目が向いた。目の前には心配そうにした葵が純菜の顔を覗き込んでいる。

「へ? じゃないわよ。一体どうしたの、何があったの?」

 あまりにも様子がおかしいと思って、肩をゆすられた。そこにきて先ほどの衝撃がぶり返してくる。

「私……あの、鮫……島先生が……私……」

「ちょっと、どうかしたの? こっちに来て」
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