天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 純菜の要領を得ない様子から、まずは彼女を落ち着かせようと葵がミーティングルームに彼女を誘い出した。

「ほら、これ飲んで」

「ありがとうございます」

 缶コーヒーが差し出され、それを受け取る。買ったばかりなのかまだ温かく衝撃と緊張で冷めた指先をあっためた。

 葵も向かいの席に座ると、自分の分コーヒーを飲みながら「どうぞ」と純菜にも促す。

 言われた通りプルタブを開けて飲む。ほんのりとした甘さが口の中に広がってやっとなんとか話ができるまで気持ちを落ち着けることができた。

「いつもはわりと落ち着いているあなたが、そんな状態になるなんて何があったの?」

 純菜はすがるようにして、葵に助けを求めた。

「助けてください。実は私、明日から鮫島先生のアシスタントだって代表に言われて……」

「え、マジ?」

 葵も驚きのあまり素が出てしまっている。

「私も確認したんですよ。でも本当みたいで。何で私が……」

 口にしたら感情が高ぶって目に涙がにじむ。

「それは、お気の毒様としか言いようがないわね。代表が決めたらなら覆らないだろうし。あの人一見優しそうだけど、中身は鬼だからね」

 榎並の武勇伝のようなまことしやかな話は純菜も知っている。日本でも三本の指に入るほどの事務所にした人なのだから相当な人物であることは理解している。だからこそ純菜も受け入れざるを得なかったのだ。

「あの国見さん、代わってもらうわけにはいきませんか?」

「嫌よ絶対!」

「そんな即答しなくてもいいじゃないですか。お願いしますっ。私の知識と経験じゃ、鮫島先生の仕事量をこなすことなんて無理です」

「それは問題ないんじゃない。向こうも考慮してくれるだろうし……たぶん」

「たぶん……」

 絶望にかられた純菜が泣きそうになる。

「なんで、私なんですか……なんで」

「それは、まあわからないでもない気がするけど」

「教えてください! なんで私が犠牲にならなきゃならないの!?」

 それまで泣きそうだったにも関わらず、立ち上がって前のめる。

「そういうところよ。おそらくね。とりあえず座って」

「え、はい」 

 そういうところと言われてさっぱり理解できない。

「矢吹さんも知ってると思うけど、鮫島先生のアシスタントもう五人も変わってるの。理由はわかるわね」

「まあ、だいたいは理解しています」

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