禁断溺愛〜政略花嫁は悪魔に純潔を甘く奪われ愛を宿す〜
九條さんは片手で椅子を引いて私の目の前の席へ座ると、ゆっくりと手をこちらへ伸ばした。彼の長い人差し指の背が私の隈を優しくなぞる。

「顔色が悪い。精神が限界まですり減っている顔だ。食事も睡眠もろくに取れていないんだろう。――よく耐えたな、頑張った」

彼の慈しみの滲む低くて甘い声に、心が大きく震える。
彼の言う通りだ。限界だった。
ううん、本当はもうとっくの昔に限界は超えていた。だけど、それを認めたら私の全部がダメになっちゃうから……必死で、ごまかして……っ!
彼から掛けられた言葉に驚いて見開いたままだった瞳から、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちる。

「私、その……。えへへ、すみません。いきなり、泣いたり……なんかして」

止まって、と願うのに、むしろ涙はもっと溢れ出してくる。

「一昨日の夜、東藤から話は聞いた。憔悴しきったあなたを見たら大体想像はつくが、訳ありの政略結婚なんだろう?」
「……ひぅっ、……は、はい……っ」

嗚咽まじりに頷く。

あの日、九條さんは今にも死にそうな顔をしていた私と出会い、夫の存在に不信感を持ったそうだ。それで、このマンションのセキュリティー会社から東藤を連想し、以前仕事関係のパーティーで少し話した男を思い出した。
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