夜を越える熱
誰もいなかった隣に、不意に影が指す。誰かが隣に座ったのが分かる。


話しかけられるかと身構えたが、静かなままだ。


ちらりと隣を見ると、スーツ姿の若い男性が眼下に広がる夜景を見やっている横顔が見えた。薄い暗がりではっきりと見えないが、引き締まった端正な横顔。





名前は思い出せない。確かさっき一緒にこのバーに来た男性たちの中の一人だと思う。



「人と話すより景色が好き?」


おもむろに横から静かな声がする。振り向いたが、男性はこちらを見ていなかった。遠くを見る横顔。



「…人と話すのは好きですけど、今は金曜の夜に一人でいなくて良かったなって思いながら景色を見てました」


藍香(あいか)が素直にそう答えると男性は少し笑ったように見えた。


本当はこの景色の中に身体ごと飛び込んで消えてしまいたいと思っていた、などとは言えない。


「一人で居なくて良かった、って言うわりに誰とも話さないね。さっきまで周りに合わせてニコニコしてたのに。出会い求めて今日ここに来たんじゃないの」


「そうですね、たぶん、そうでした。でも、なんかちょっと出会い求める気分じゃなくなっちゃって。……あ……、私と話をしてても無駄な時間になっちゃうと思いますよ」


そう言いながら藍香は少し離れたところにいる一緒に来た友人と、その知り合いの女性たち、それからさっき初めて会った男性たちの方を振り向いた。彼らは既に二人で話をしたり、数人で居たりと良い雰囲気になっている。友人の紹介という名目で寄せ集まったらしい出会いの場だった。


そう言えば隣の男性もそちらに行ってしまうだろうと考えてそう答えた。


向こうの輪の中から一人でこっそり抜けて離れたところに座っていたのは藍香だけだ。みんなお酒も入っており、しばらくは気づかれず、誰かがここまで来るとは思わなかった。




「そうなんだ。俺、あの輪に入れる気がしないから適当にここに来ただけだよ」


「そうなんですか?あなたも出会い求めて来たんじゃないんですか」


自分と居てもそんな気分じゃないから無駄になると言っているのに。そう思いながら藍香が問うと、

「酒が飲めないんだ。だからあの輪には入れないよ。岡本にちょっと来いって急に呼ばれて来てみたら、こういう会だったよ」

岡本と呼んだのはこの会の発起人だ。向こうで話をしている。男性は自分の飲み物をちらりと見せた。確かにアルコールではなさそうな、ただのジュースのような飲み物がそこには見えた。


友人に声をかけられて来たのは藍香も同じだった。元気のない藍香を今日無理矢理に誘ってくれたのは同じ職場の友人の美桜(みお)だ。



こんな場に来る、見た目が良くてスマートでスーツが似合うような男性たちは、女性には慣れていて初対面でも連れて帰ったりするんだろうなと藍香は想像する。

< 2 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop