もう一度会えたなら
 二駅先のF駅で降車した。
 階段を降りたところで、美紀の前を一人の女性が横切った。
 ふわりと漂うあの香り。カールの髪を揺らす後ろ姿――瑠璃子だ。
 呼び止めようとして、美紀は声を詰まらせた。

 心臓が鼓動を速める。

 彼女が手を振る先には、残業だと言っていたはずの大希の姿があった。

 ――どうして?

 不思議に思った次の瞬間――美紀は目を疑った。

 大希は突如、駆け寄った瑠璃子の胸を鷲掴みしたのだ。そしてその手を首筋に滑らせ、抱き寄せた。


 前から来た男性と肩がぶつかり、美紀は我に返った。
 今目にした光景は――あれは確かに大希と瑠璃子だった。瑠璃子の自宅は、自分と同じ方面だ。逆方面の電車に乗っているということは、大希とここで待ち合わせていたのだろう。
 恋愛経験の少ない美紀でも、それが何を意味しているのかくらいは容易に理解できた。

 つい最近観た人気バラエティー番組の映像が美紀の頭を過った。
 彼氏の浮気現場を目撃した彼女はどんな鉄槌をくだすのか、というものだった。鬼の形相で詰め寄る彼女に、魔が差しただけだと必死に謝る彼氏が、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓約し、事なきを得るのだ。

 しかし、美紀にその気はなかった。
 声を掛けることすらせず、踵をかえした。外食などする気にはなれなかった。

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