もう一度会えたなら
「酷い! だってプロポーズされたばっかじゃん!」
電話の向こうで近藤理香子が激怒している。
理香子は美紀の幼馴染みで親友だ。大希からのプロポーズを一番に報告したのが理香子だった。
「大希君だけは絶対にないと思ってたのに。めちゃくちゃショックだよ。やっぱ男ってそういう生き物なのかもね。あれだよ美紀……魔が差したってやつ」
理香子もそう言った。
魔が差した。
――やっぱりそれか。
相手が瑠璃子なら納得もいく。しかし、あのバラエティー番組の彼女のようにはなれない。美紀の気持ちはもう既に固まっていた。
理香子には相談する為ではなく、別れの報告をするつもりで電話したのだが、「とにかく、大希君とちゃんと話しなよ」と言われてしまい、とりあえず今日のところは電話を切った。
リビングのチェストに飾ってある大希との写真をぼんやりと眺め、つい数十分前の事を思い返していた。
とりわけ穏やかで優しい性格の美紀は、激しい怒りや憎しみの感情を持ち合わせていない。しかし、だからといって、理不尽なことを言われて黙っているような性分でもない。曲がったことは何よりも嫌いだった。
そんな美紀の実直な性格が好きだと、大希は言った。
美紀の脳裏に焼きついて離れないのは、先程の大希の表情だった。美紀が今まで見たことのない、欲望剥き出しな厭らしい雄の顔だ。
美紀の知る大希は、真面目で誠実でいつも優しく、紳士的だった。それでも例外があって、男女の営みの際はまた別の話しだ。優しいばかりではなく、時には激しく美紀を貪る。その絶妙な匙加減で、美紀の欲求は満たされた。
自分だけにしか見せない大希のその表情を見た時に、大希は自分だけのもので、自分は愛されている、と実感するのだ。
しかし先程の表情は、そのどれとも違うものだった。ましてや公衆の面前で、堂々とあんなことをするような、出来るような人では決してないはずなのだ。そんな大希でさえも豹変させてしまうくらい、瑠璃子は魅力的なのだろう。雌として。
変化を嫌う性格である美紀は、刺激的な恋愛よりも、熟年夫婦のような穏やかな恋愛を好んでいた。結婚向きなタイプとは、おそらく美紀のような人間のことをいうのだろう。そして、大希もそれを望んでいると美紀は思っていた。
しかし、結果浮気されてしまったのだから……大希の方は刺激を求めていたのかもしれない。若しくは、やはり魔が差したのか。
不思議なことに、涙は出なかった。
美紀は、浮気された悲しみ以上に、敵わないであろう瑠璃子の魅力への嫉妬と悔しさを感じていた。
瑠璃子が悪い訳ではない。彼女は恐らく本当に何も知らないのだろう。
純粋に、上司である大希に恋心を抱いているのだ。
いつの日かの美紀のように。
電話の向こうで近藤理香子が激怒している。
理香子は美紀の幼馴染みで親友だ。大希からのプロポーズを一番に報告したのが理香子だった。
「大希君だけは絶対にないと思ってたのに。めちゃくちゃショックだよ。やっぱ男ってそういう生き物なのかもね。あれだよ美紀……魔が差したってやつ」
理香子もそう言った。
魔が差した。
――やっぱりそれか。
相手が瑠璃子なら納得もいく。しかし、あのバラエティー番組の彼女のようにはなれない。美紀の気持ちはもう既に固まっていた。
理香子には相談する為ではなく、別れの報告をするつもりで電話したのだが、「とにかく、大希君とちゃんと話しなよ」と言われてしまい、とりあえず今日のところは電話を切った。
リビングのチェストに飾ってある大希との写真をぼんやりと眺め、つい数十分前の事を思い返していた。
とりわけ穏やかで優しい性格の美紀は、激しい怒りや憎しみの感情を持ち合わせていない。しかし、だからといって、理不尽なことを言われて黙っているような性分でもない。曲がったことは何よりも嫌いだった。
そんな美紀の実直な性格が好きだと、大希は言った。
美紀の脳裏に焼きついて離れないのは、先程の大希の表情だった。美紀が今まで見たことのない、欲望剥き出しな厭らしい雄の顔だ。
美紀の知る大希は、真面目で誠実でいつも優しく、紳士的だった。それでも例外があって、男女の営みの際はまた別の話しだ。優しいばかりではなく、時には激しく美紀を貪る。その絶妙な匙加減で、美紀の欲求は満たされた。
自分だけにしか見せない大希のその表情を見た時に、大希は自分だけのもので、自分は愛されている、と実感するのだ。
しかし先程の表情は、そのどれとも違うものだった。ましてや公衆の面前で、堂々とあんなことをするような、出来るような人では決してないはずなのだ。そんな大希でさえも豹変させてしまうくらい、瑠璃子は魅力的なのだろう。雌として。
変化を嫌う性格である美紀は、刺激的な恋愛よりも、熟年夫婦のような穏やかな恋愛を好んでいた。結婚向きなタイプとは、おそらく美紀のような人間のことをいうのだろう。そして、大希もそれを望んでいると美紀は思っていた。
しかし、結果浮気されてしまったのだから……大希の方は刺激を求めていたのかもしれない。若しくは、やはり魔が差したのか。
不思議なことに、涙は出なかった。
美紀は、浮気された悲しみ以上に、敵わないであろう瑠璃子の魅力への嫉妬と悔しさを感じていた。
瑠璃子が悪い訳ではない。彼女は恐らく本当に何も知らないのだろう。
純粋に、上司である大希に恋心を抱いているのだ。
いつの日かの美紀のように。