もう一度会えたなら
「美紀! もう一度だけ会いたい」
 
 切羽詰まった様子の大希の声が、美紀の耳に飛び込んできた。
 別れてからも時折大希から電話があり、他愛もない話をすることはあった。復縁するつもりは毛頭なかったが、改心した彼を邪険に扱うのも大人げないような気がして、それなりの応対をしていた。
 
 俯く海斗の長い睫毛を見つめながら、美紀は深呼吸をひとつした。

「大希、もう電話されても困る。会うこともできない。ごめん」

 それだけ言って電話を切った。

「もうかかってこないと思う。……かかってきても出ないよ」

 顔を上げた海斗は、安堵の表情を浮かべ、ただ小さく頷いた。
 頼れる兄貴は、まるで少年のようだった。
 初めてみせた海斗のその表情を、美紀は黙って見つめていた。
 話の続きが聞きたかった。

 海斗は俯いたまま腕組みをしたかと思うと、今度は人差し指で鼻の下をこすり、唇をつまみ、そして額をポリポリと掻いた後、不自然にテーブルの上に手を伸ばした。
 喉の奥がまた熱くなり、鼻の奥がツンとして、あの日の記憶が甦る。

 美紀はその手に優しく触れた後、あの日の海斗と同じように、ぎゅっと力を込めた。



 藤沢(ふじさわ)美紀(みき)と向かい合って座る、スーツに眼鏡の真面目風サラリーマン。
 彼は、美紀の友人でも恋人でもない。

 二人は、この店の常連客――藤沢(ふじさわ)夫妻だ。
 今日も窓際の『特等席』で向かい合ってモーニングセットを食べる。





【完】
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