もう一度会えたなら
「おはよう」

 少し掠れたその声の主に、今度は美紀が満面の笑みを送った。
 スタイリッシュなスーツに身を包み、長身で目鼻立ちの整った爽やかな男性――竹野内(たけのうち)大希(だいき)だ。
 二十七歳の美紀より四つ年上の大希は、美紀と同じ課の上司だ。そして付き合って三年になる美紀の彼氏であり、先月プロポーズを受けた婚約者なのだ。

「おはよう、大希」

 美紀がそう言って大希の腕に手を絡めた途端――

「こらこら、会社ではダメだって!」

 大希は素早く身を躱し、少し照れた様子で辺りをキョロキョロと見回してから、誰もいないと分かると、人差し指でツンと美紀の額をつついた。
 社内恋愛が特に禁止されている訳ではなかったが、大希は人前でベタベタするのをあまり好まない。しかし美紀は、それを知っていてわざとそうしてみたのだ。
 このところ大希の仕事が忙しく、休日出勤と残業続きでしばらくデートもできていない。プロポーズを受けた先月から一度もだ。
 美紀は口を尖らせ少し拗ねた様子を見せた。

「ごめんな。時間作るからもうちょっと待ってて」

 些細な抵抗をしたものの、申し訳なさそうに眉をひそめる大希を見て、困らせてしまったことを後悔した。おそらく大希も、時間が作れなくてもどかしさを感じているはずなのだから。
 美紀は尖らせた唇を緩め、小さく頷き笑顔を見せた。会えないといっても本当に会えないわけではなく、会社では顔を合わせているし、美紀のデスクからは大希の姿がよく見える。それが社内恋愛の良いところでもある、と美紀は思っていた。

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