【短】逃げないことを、逃げの言葉にするのはいい加減して

「あーぁ。今夜は自室に篭ろうっと」


有り難い事に、仕事はここぞとばかりにてんこ盛りで、納期もいくつか重なっている物もある。

私はカチャンと自室の鍵を掛けると、さっき耳にした通話内容を反芻してチッと舌打ちをした。


『愛してる』…?

それが、なんなの?



パソコンを立ち上げながら、暫く部屋の窓の外の景色を見つめる。

今夜は満月だ。


こんな夜は、彼の全てを明るみにして、今度こそキツい三行半を突き付けてやりたい気持ちに駆られる。


本当は、その名前さえも口にしたくない。
こんな、惰性の中で息をしている自分がとても不自由でもどかしい。


腹立つ。


「いい加減、本当に潮時かしらねー…?」


私は傍から見たら、"良く出来た、まるでお人形さんのような奥さん"らしいけど。


その中身は、全く違う。


本気で極一般的な、普通の"奥さん"というものが、こういう場合どんな反応をして、どんな解決策を作るのかは知らない。

けれど、私は私。
とりあえず、成人して仕事に就いて、自立した一人の人間だ。


戸籍上しか関係性のない、元は赤の他人を…裏切り続ける人間を、人として何時までも許容するつもりはサラサラないし、何も言わない事を逃げる口実にしている男に、これっぽっちの未練もない。

というか。


「仔猫ちゃんにはちゃんと躾くらいしてあげなさいよ」


くくくっと笑いが込み上げた。


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