【短】逃げないことを、逃げの言葉にするのはいい加減して
決まって、火曜日と木曜日に逢瀬を重ねる二人の事を、私がこれ以上黙って野放しにしているなんて。
そんな、都合の良い話なんかはないじゃないの。
するり
大分緩んだ指輪を外して、その気休めでしかない痕をなぞり、私は自由だと言わんばかりに溜息を吐く。
とんとん
口の端を指で二回程突いてから思案する。
そのほんの数秒後…。
「このまま、じゃあねぇ?」
と、またにたりと笑った。
机の二番目の引き出しには鍵が掛かっている。
そこには、ずっと温めて来た、少しだけ白茶けてしまった薄い紙切れが、一枚。
証人欄は既に二名の氏名で埋まっている。
転居先も手配済み。勿論転居届も。
新しく戸籍を作る準備も万端だ。
戸籍謄本も、本人確認書類も、もう出すものは全て揃っている。
後は、彼の名前と捺印のみ…。
こういう時、区役所の戸籍課に友人がいて心底良かったと思う。
全ての事がスムーズに、進んでいくから。
…水面下で、だけれども。
さて。
これから…。
どのタイミングで、これを突き出してやろうか?
その時に、二度と戻らない程に潰した指輪を投げ付けてやろう…私はそう、この離婚届を手にした時から心に決めていた…。