【短】逃げないことを、逃げの言葉にするのはいい加減して

決まって、火曜日と木曜日に逢瀬を重ねる二人の事を、私がこれ以上黙って野放しにしているなんて。


そんな、都合の良い話なんかはないじゃないの。



するり


大分緩んだ指輪を外して、その気休めでしかない痕をなぞり、私は自由だと言わんばかりに溜息を吐く。


とんとん


口の端を指で二回程突いてから思案する。
そのほんの数秒後…。


「このまま、じゃあねぇ?」


と、またにたりと笑った。


机の二番目の引き出しには鍵が掛かっている。
そこには、ずっと温めて来た、少しだけ白茶けてしまった薄い紙切れが、一枚。


証人欄は既に二名の氏名で埋まっている。
転居先も手配済み。勿論転居届も。
新しく戸籍を作る準備も万端だ。

戸籍謄本も、本人確認書類も、もう出すものは全て揃っている。


後は、彼の名前と捺印のみ…。


こういう時、区役所の戸籍課に友人がいて心底良かったと思う。
全ての事がスムーズに、進んでいくから。


…水面下で、だけれども。


さて。
これから…。


どのタイミングで、これを突き出してやろうか?
その時に、二度と戻らない程に潰した指輪を投げ付けてやろう…私はそう、この離婚届を手にした時から心に決めていた…。


< 7 / 11 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop