殺し屋の彼とただの私
殺し屋の彼とただの私

真っ黒な闇が包み込む夜。
いくらこの国は治安が良いと言っても周りの国から見ればの話で、不良はいるしヤクザだってマフィアだっている。事故や事件も起きないわけじゃない。万引き・詐欺・強盗・殺人等、事件は日々国内で行われ絶えることはない。然し犯罪が日常として溶け込んでしまっているこの世の中で、犯罪にこの毒に侵されてしまう輩はそう多くはなかった。
だが、そんな輩に無知なんて言葉は通用される訳がなく、金目当てで何の関わりもない無知で幼稚な子供たちが犠牲になることがあった。所謂誘拐とか拉致などがそれらの行為に適する語だろう。巻き込まれてしまった子供らは人身売買され今まで知らなくてよっかった裏の道へと誘われてしまう。
そんな事が起こるこの国では、警察や政府らはそれらを禁じ、抑え、罰し続け今の治安を守っていた。然し、今この現状が悪くなることも無ければ良くなることも無い。それこそがこの国を治安が悪くないと言わせる理由であった。






今日の仕事は終を告げた。
生々しい光景が瞼の裏にまでこびりつき、目を閉じても悪夢と化して脳内で映し出される。
悲惨だといえばそれで終わり。この国の裏で生きるなら当たり前の光景で、これまで何度も見た事のある光景でもあった。だからと言ってよくある事だと割り切って仕事するにはまだまだ頭が追っつかない。それを若いなと思っているだけ成長もしたはずだ。

足下には血の海と先程まで人だった者たちが、床と一緒になっている。もはやこれらは俺にとっての床でしかない。目を閉じれば、自分が始末した者たちの断末魔の叫びと姿が脳内で再生される。
関係のないまだ誘拐されたばかりだろう幼子もいた。以前は関係なく、強引にこちらに引きずり込まれここの生活を強制されて生きてきただろう者たちもいた。それを理解していた上での有様。
自分の手で消える命たちは皆、恐怖と憎悪を顔に浮かべていた。歪みきった顔から血の気が引く度に手先が冷たくなったようだと、今更ながら手の感覚を確かめた。温かくも冷たくもない自分の手には床でネている誰のかもわからない血が、暗闇で肌の色とは違うと主張していた。
ふと、何故か視界が色を認知できることに気がつく。
明かりを求めて周りを観察すれば、背後にあった隣の部屋に続いている扉が開いていた。そこから少し出ている弱々しい明かりが、この部屋の色を認識させていた。
その部屋は今いる自分の部屋にいた者を片付けて直ぐに向かった部屋だ。中にはまだ成人も迎えてないような少女たちが群がって怯えていたのを記憶している。それでもその子らは生きようとここで学んだ術を駆使して自分を堕としにかかってきた。然し、その少女たちの瞳にも目の前に現れた殺人鬼に恐怖と憎悪を宿してまっていた。哀れで可哀想なその瞳はとても腹立たしくさせるものでしかないと心が告げていて、命乞いをするすがたが滑稽に見えてしまって仕方がなかった。同情する気も更々起きず、次の部屋に行く手間にはならずにその部屋は静かになった。
記憶を辿ってからその部屋へと向かう。

中には先ほど命を奪ったばかりの物言わぬ肉塊がゴロゴロと転がっていた。月明かりが窓一つから静かに差し込み、彼女らの鮮やかな血を彩っていた。
その窓の明かりには何故か影があった。窓の格子ではなくそれはれっきとした人型をして、月の明かりを遮っていた。
目を凝らしてそれを見た。まだ人が居たという苛立ちと、またここで人を殺る感覚を味わわなければならないのかと失望する気持ちが胸を占めて気持ち悪い。そんな気持ちを押しつぶすかのように地面から大きく音を出して一歩ずつ歩んで行く。
窓が開いていて冷たくも涼しい風が頬を撫でるが今の自分にそんな風さえ感じることなく頭は冷えきっていた。
窓の細い枠に腰をかけて外側に足を投げている人型は月を眺め、一向にこちらを振り返る気配はない。細い腕が月に手を伸ばして空を仰ぐ。風が吹けば奴の長い黒髪が宙へ舞い上がる。
今手を伸ばせば奴に手が届く距離まで来てやったというのに、奴が振り向くことは無く空に伸ばした手も下ろされることはなかった。
そんな様子を見せる奴に自分の感情は至極落ち着いていた。殺すことは大変簡単だ。然し自分は何故か直ぐに実行する事はなく、ただ目の前の奴を見入って呆然と立ち尽くしていた。

一つ風が吹き頬を掠めた時、初めて風が冷たいことに気づいた。

手を伸ばせば届くのに自分は動くことなく口を開いた。
「…ねぇ。」
たったそれだけで奴は呆気なく振り返った。
ゆっくりとした動作を見つめ、奴の目線が自分に合うのを待った。

目が合ったのは翡翠の硝子玉の様に透き通った瞳で月の少しの光だけでわかるその透明さが見て取れた。黒髪に映えるその瞳はこれまで見たどの石よりも美しく魅力的で誘惑的であった。
…正直言って惹かれてしまった。
胸の中で一瞬にして膨れ上がった願望と欲望に気づいたが、目の前にいる子供は殺らなければいけない対象の一人なのは変わらない。胸の痼が出来てしまったがそんなものに掌握される程自分は愚かではない。

だが、少しだけと願ってしまった。
この子供の声が聞きたかった。自分を魅力する瞳の主の声が、無性に。だから子供が話しやすいようにと優しい声と言葉を選んで発した。

「ねぇ、君の名前は?」

知って損は無い。得もないが意味もないが、心が少し軽くなるような気がしたんだ。自分の蟠りが痼よりも大きすぎるから、この子供の存在を少しでもいいから残してやろうと気休め程度に。自分の黒い蟠りとたった今出来てしまった透き通る痼で浄化したかったんだ。
何とも滑稽な考えだと心中で呆れる自分もいるからそれも滑稽だ。案外自分は矛盾を受け入れている(事を)((んだと((改めて自覚した。

自分の思考を透かしている様に見つめる目玉と視線を交わして数分間。待ちわびた頃にやっと奴の口が開かれた。

「………ひな。」

素直に純粋な回答だとその時は面食らった。この店に場に似合わないほどの初心を漂わせる瞳と口調。先ほど床に眠らせた女どもは明らかにそれであったが然し、奴は女郎としてここにいるのではないと主著している様なのにここの場にいる以上末路は決まっていたに違いない。
疑問を頭に詰め込んで整理していると、目の前の子供はいつの間にか視線が落ちていた。その視線の先には多分奴がお姉様と呼んでいただろう同僚やらお客様だったモノ。奴の目はモノたちをまじまじと見つめ、首しか向いていなかったのに体全体をこちら側へ向けて窓枠に座り直した。
月はまだ明るく闇は濃くなるばかりだ。

「…私も殺す?」

首傾げながらの問は外していた視線をまた自分に戻して言ってきた。その視線には恐怖ではなく不安が浮かんでいた。何に対しての不安かなんてさっぱり見当もつかないから奴の問に答えだけを述べた。

「そうだよ。ここにいた者は皆命を絶ってもらった。君が最後の一人だからね。」

だから君を殺す、と言ってやつの目をキッと睨んだ。だけど直ぐに眉を下げて表情を崩す。この子供には情が湧いてしまったから。

「…まぁ、言いたいこととかあったら聞いて上げるからそれを聞いたら殺してあげるよ。」
「…聞いてどうするの?」
「聞くだけ。何の意味もないし得にもならない。だけど敢えて理由をつけるなら、一目惚れした君と少しだけお喋りしたかったからかな。」

笑を付けながら子供に戯言を話す。半分は願望だが、所詮は戯言。終わったら殺す。たったそれだけ。

「…変わってるのね。」

冷静な言葉に自分は心底驚いた。こんなおかしな輩に変わってるだけで済む奴の言葉にもだが、奴はとても可笑しそうに笑ったのだ。その笑顔はあどけなく、年相応の顔だった。
やはりこの子供はとても魅力的だとおもった。

「君もね。」

ふっと声を出して笑えば子供の顔も綻んだ。
…あぁ、やはり綺麗だ。
そう思ってしまえば心に痼が増えたのがわかった。駄目だと思ってはいるがずるずると会話は増えていく。

「君を殺そうとしてる奴によく口がきけるね。」
「……いつ殺されたって一緒でしょ。」

そんな言葉にはどこか諦めと不安が混じっていた。明らかに不安と恐怖で泣きそうな声色で、殺されるとわかっているのに殺されたくないと彼女の瞳は主張していて、自分を睨んでいる。

「さっきだって死のうと思ったのに、飛び降りれなかった。…私、自分で死ぬ勇気なんてない。
ここに来た時だって、お姉様のお仕事を見た時だって死ねなかった。…だから、貴方が来た時にやっと死ねるんだって思った。貴方は必ず私を殺してくれる。
だからいつでも待つよ。」

強い意志が宿った瞳を子供は必死に自分へ見せてきた。
涙をいっぱいに溜めながら。
言っている言葉には強さは全くといっていいほど感じられず、弱々しく今にも涙が零れそうだ。
子供はそう、

「嘘はよしなよ。
死にたくなんてないんだろ?」

強がりの子供にはっきりと言ってやったら、やっと瞳から一粒涙が零れた。

「…そ、なの?」
「……あぁ、君は死にたくなんてないんだよ。自分で死ねないのは勇気がないからじゃない。涙が出るほど生きたいんだろ?」

優しく、包み込むように言ってやる。この子が涙を流せるように。
そして…

静寂。

「……そっか。
私、生きたいんだ。」

漸く子供はわかったようだった。透き通った瞳から涙を流し、顔を歪めて、声を漏らすことなく綺麗に泣いた。

「……どうしよう、私…生きたい、よ。」

こちらに顔を向けて泣く子供はとても儚かった。風がそよぐ度に黒髪が流れ涙が煌びやかに散った。
目の前の光景に自分の心はもう手遅れだった。

この子を愛しいと思ってしまった。




目の前にいる子供はやはり子供であった。
純粋に唯直向きに生を望み静かに泣き続ける彼女は、とても儚く且つ残酷だった。
…だからかな。
情なんて言葉を通り越して愛しく思ったのは。

「……死にたくないかい?」

気づけば俺は子供に問いかけていた。
その涙を浮かべた瞳を見据え真剣に問いかける。
子供は俺の言葉に目を擦っていた手を止め、流れが止まない涙を放置して俺を見つめ返した。
月の光はまだ輝きを失ってはいなかった。

「…うん。死に、たくない!……い、きたい…ん…だ。」

濡れた瞳は輝きを失わず一層輝きを増し俺の心臓を貫いた。

……これはもう、手遅れなのだろう。

喉まで来た溜息を押し殺し呑み込んだ。一度目を閉じ考えた。
ここで手放せば後悔するぞと心が叫ぶ。
ここで手放せば一人前になれると頭では理解する。
でももう、決意してしまったのだ。
だから俺はゆっくりと瞼を上げて彼女を見た。



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