殺し屋の彼とただの私
エピローグ
ふと、意識が浮上した。
窓から差し込む柔らかな光が温かく自分の顔にかかっていた。吸い込む空気は何となくだけれど、澄んでいる。
上半身を起こしまだ完全に覚醒しきっていない頭で部屋を見渡せば疑問が湧いた。

自分の部屋には生活出来る最低限の家具しか置いていない。そしてそれらは大体埃に被っていることが多く、酷い時には床にも埃が被ってしまう。常ならそうだ。
何時もなら埃が舞ったこの住処で埃っぽい黴臭い臭いを吸い込んで目が覚めるというのに、何故か今日は、しなかったのだ。匂ったのは、何となくの澄んだ空気。何となくでも吸った空気は常では有り得なかった。
だから、何故だろうとまだまだ覚醒してない頭を少しだけ傾げた。

確か、昨日は仕事があった。行く時に乗り気じゃなかったのも覚えている。内容が余り好意的に思えないものだったので胸に不快さと諦めを押し込めてこの部屋を出たのを覚えている。
でも今はその不快さはない。部屋の空気が澄んでいると感じるから…。いや、部屋の空気が澄んでるから不快と感じないのでは?
同じ様な考えをループするかの如く繰り返していると、刹那にあの瞳が脳裏を過ぎった。

思い出した。
昨日自分は子供を拾った。
あの時の感情は今でも心に刺さっている。あの時の痼もまだ心に鎮座したまま。
目を閉じれば思い出す子供の瞳、髪、顔、姿……
表情…

咄嗟に子供が居るかを不安に思った。
急いで子供を探し首を動かすと、呆気なく自分の隣で寝ていた子供の姿が視界に入った。
安心、した。
その感情に気づいて急いで顔を手で覆った。
ああ、なんと滑稽な。
安心なんて言葉を引っ張ってきた自分が可笑しく思えた。その後顔を覆った事にも可笑しくなった。次いで、子供を探した事にも可笑しく思った。
ああ、なんと滑稽な。

起きて数分しか経っていないというのに、まだ頭も正しく働いていないというのに、なんと滑稽な有様だ。
頭はまだ少し起きていないのに、心が忙しない。
布団から出てない、鏡も見てない、顔も洗ってない、歯も磨いてない、朝ご飯も食べてない…けれども、
心は何だか弾んでいた。

ふと、涙が零れた。
ここで漸く気がついた。

ああ、なんと残酷な。



……今日から、日向(ひな)との日々が始まるのだ。

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