海に溺れて
⑥  真由子

 クリニックでの仕事を終えた僕は、真由子と会う約束をしていた、バーン・レストランにいった。今日はバレンタインディ。真由子は手作りのチョコレートをプレゼントするつもりらしい。僕は店に入り、外の景色をみていた。雪国として有名な新潟だったが、数年前までは雪かきはいちどくらいで春を迎えるような冬だった。それが、今年は豪雪だ。彼女は安全運転だからきっと約束した時間よりかなり遅くなるだろうと思った。案の定、真由子からメールが入り、病院に急患が入ったこともあって、一時間くらい遅くなるようだ。

 真由子とは以前、僕が勤めていた県立病院で出会った。真由子はその病院で看護師をしていた。真由子は僕より五歳年下で、まじめで気持ちの優しい女性だった。だから、病院の巡回のあと、患者さんから、真由子のよい評判をたびたび聞いていた。僕の息子の葬儀のさいも誰よりもはやく来てくれた。真由子は、息子の手術のときにも一緒だったから、息子が死んでしまうほんとうの理由を知っていた。真実を話せない妻と、真実を共有できている真由子。僕が真由子に惹かれるようになっていくのにさほど時間はかからなかった。

 僕は、初夏の頃に、寂しさに負けて真由子を食事に誘った。冬のあいだは外の世界が白い世界になり、誰もが家にこもりがちになる。それが夏になってくるとなぜか解放的になってくる。それだけに家に帰っても、家事をしなくなった妻の顔をみるのも、ゴミ屋敷になりつつある家にいることも耐えられなくなってしまうのだ。

 あの日、真由子を待っているおなじ店のなか、真由子は熱い眼差しで僕をみつめていた。そして真由子の手がそっと僕の手にふれた。

 僕は真由子の車を駅前の駐車場に停め、真由子を僕の車に招き寄せた。真由子のTシャツ姿が、真由子の豊かな胸をさらに強調させてみえていた。

「二人きりになれる場所に行きたい」

 僕の誘いの言葉に、真由子は無言で頷いた。車のなかで真由子の唇に僕の唇をそっとあわせた。

 「あっ……」

 真由子のため息混じりのような声がもれた。僕はすぐにハンドルを握り直し、ラブホテルへと向かった。ラブホテルの部屋に入るなり、真由子は僕を力強く抱きしめてきた。

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