不屈の御曹司は離婚期限までに政略妻を激愛で絡め落とす
佐藤くんの名前は伏せ、世間話のようにさりげなく伝える。私自身は斗馬さんが嘘をつくとは思っていないけれど、できるだけフェアな状態で話が聞きたい。
斗馬さんは腕組みをし、記憶を辿るように宙を睨んだ。
「ああ、太平洋沖で起きたあの事故か。もちろんよく覚えている。俺も船員たちと一緒になってファイアコントロールプラン――火災制御図ともいう船体構造の図面だが、それを睨み、迅速に避難指示をした。五百名近い乗客は国籍も様々で、複数の言語で指示を出さなければならないから、本当に時間との戦いだった」
巨大な旅客船は構造が複雑なため、乗客を混乱させてしまうと避難に時間がかかり、被害が拡大してしまう。
被害を最小限で食い止めるためには、普段からの訓練とマニュアルの理解、それをもとに冷静な対処を行うことが大切だと私も重々理解しているが、訓練と実際に行うのとでは、天と地ほどの差があるだろう。
そんな中で冷静に行動した斗馬さんに、改めて尊敬の念を抱く。