不屈の御曹司は離婚期限までに政略妻を激愛で絡め落とす

「乗客の避難は順調に進んでいるように見えたが、ひとりだけこちらの指示に従わず、火の手がまわった客室に戻ろうとする若い日本人女性がいてな。俺はつい『死にたいのか』と彼女を一喝し、強引に避難させた。その時すでに腕に火傷を負っていたが、あのまま客室に行かせていたら間違いなく命がなかった」

 腕に火傷を負った、若い女性……。きっと美鶴さんのことだ。

「その女性はどうして危険を顧みず、客室に戻ろうとしたんでしょう?」
「それは俺にもわからない。なにかを取りに戻ろうとしたのかもしれないが、ゆっくり話ができる状況ではなかったし、事故後、会社を代表して何度か見舞いにも行ったんだが、面会謝絶でな。今は回復しているといいが」

 美鶴さんを案じ、斗馬さんが表情を曇らせる。

 私は彼女の現状を知っているけれど、この場で伝える気にはなれなかった。散歩と通院以外は家に閉じこもっている状態は、完全に回復しているとは言えない。

 結局、佐藤くんが知りたがっていた妹さんの抱える秘密も謎のままだ。

「それで、千帆が聞きたいのは安全対策だったな」
「あ、……そうです! ぜひ」

 気を取り直して、斗馬さんの話に耳を傾ける。その一方で、明日佐藤くんにあまり収穫がなかったことを報告するのだと思うと、心に影が落ちるのだった。

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