毒令嬢と浄化王子【短編】
 焦げて苦いのもあるけれど、苦さの何割かは、毒の味なのに……。
 ポタっと、シチューの上に水滴が落ちる。
「あはは。何泣いてるのよ私。毒令嬢のくせして……誰かと一緒にいたいなんて思うから……」
 口の中が苦い。
 そして、胸の奥も……苦い気持ちで溢れる。

 望みすぎては駄目。向かい合ってお茶を飲みたいなんて。
 ……。
 好きになってしまったのは仕方がないけれど、望んでは駄目。
 また会いたいなと。
 また笑って欲しいなと。
 ……もし、本当にまた来てくれたら……。
 もう、二度とこないで下さいと言おう。
「なべを洗うのは明日にしよう」
 水を入れて一晩おけば多少は洗いやすくなるだろう。
 鍋に水を入れ着替えて布団に入る。
 そういえば、そろそろパンと干し肉がなくなる頃だ。
 明日は街に買物に行かなくちゃ……。
 買物に行っている間にカールが来たらすれ違っちゃうかな……。
 ……って、馬鹿だ。
 会わない方がいいのに。もうこれ以上会わないようにと思っているのに。
 会いたいと思うなんて。会えなかったら残念だなと思うなんて。

「さーて!鍋も洗ったし。街に買い物に出かけますか」
 太陽の位置から考えると、今から出発すればお昼ご飯を求めて人手が多くなる前には街に到着するだろう。
 なるべく店の暇そうな時間……人が少ない時間で必要なものを買って帰って来なければならない。
 分厚いフード付きのマントを羽織り、手には皮の手袋をはめる。
 それから大き目の籠を手にもつ。
 いつもの買い物スタイルだ。初めは不審がられたけれど、手袋は酷いやけどの跡があると嘘をついていらい、何も言われなくなった。街の人たちは優しい。
 きっと情報はお店の人たちの間に広まって、怪しい私の格好について何も言わないようにとしてくれたんだと思う。
 手袋をした手で上手くお金が支払えないと手伝ってくれる。荷物は籠の中に丁寧に入れてくれる。
 そのおかげで、必要最低限の接触で買物ができるので誰にも毒の被害を与えずにすんでいる。
 街までは歩いて2時間ほど。人里離れた場所を選んで住んでいるため、ちょっとした買物をするだけでも半日仕事だ。
「あら、ミリアちゃんいらっしゃい」
 パン屋のおかみさんが私の姿を見つけて笑顔を向けてくれる。
「いつものでいいかい?」
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