毒令嬢と浄化王子【短編】
 それからすぐに、いつも買っているパンを準備してくれる。
 今日、明日の内に食べる柔らかいパンと、日持ちのする硬いパン。10日分のパンだ。
「ありがとうございます」
 代金はレジの台の上に置き、おかみさんがパンを籠の中にいれる。
 このやりとりに定着してからは接触せずに買物ができる。
「あれ?パンが一つ多いです」
 籠の中には見慣れぬ丸いパンが一つ余分に入っていた。
「おまけだよ。日持ちしないから今日中に食べておくれ」
「え?おまけ?いいんですか?」

「もちろんさ。と、いっても実は試作品でね。次に来た時に感想を聞かせてもらえると嬉しいよ。カボチャの種が練りこんでるんだ」
 おかみさんが内緒話をするかのように声を潜めて私の顔に顔を近づけて話をする。
 とっさに息を止め、毒の息がおかみさんにかからないようにする。
 不自然でないように籠を手に、店のドアまで行き頭を下げる。
「ありがとうございます。カボチャの種は好きなので食べるのが楽しみです」
「ああ。評判がいいようなら売り物にするつもりなんだ。正直な感想を頼むよ」
 にこにことおかみさんが笑うのに、私も笑顔を返す。
 ……笑ってくれるのは、私が毒令嬢だと知らないからだ。
 カールは私が毒のことを知っても笑ってくれた。
 だけど、普通の人は……。
「恐ろしい、毒があるなんて」
「近寄るな、どこかへ行け」
「うちの子を病気にするつもり?悪魔め!」
「気持ち悪い。バケモノ!」
 ……。
 かつて投げつけられた言葉の数々を思い出してぎゅっと胸が縮みあがる。
 もう、あんな思いはしたくない。
 この街では……毒のことを知られたくない。
 もう、街に来るなと言われてしまうかもしれない。
「あ、ミリアちゃんそろそろ買い物に来る頃じゃないかと思っていたよ。オレンジが入ったんだ、買って行かないか?」
 屋台の果物屋のおじさんが声をかけてくれる。
 艶があって大きくておいしそうなオレンジを見せてくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
 お金を取り出して手渡すと、おじさんがオレンジを金額の分だけ入れてくれる。
「これはもう傷んで明日には売り物にならないから持って行きな。今日中に食べるには熟してうまいぞ」
 おじさんがおまけにと、バナナを2本つけてくれた。
「ありがとうございます」
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