鎖から放たれた蝶々は美しく羽ばたく
……はずだった、のだ。
彼が現れるまでは。

「あれ、苺チョコちゃんじゃないか。
ひさしぶりだね」

「ひゃっ!」

コーヒーを注いで戻ってきたところで後ろから抱きつかれ、落としそうになったカップを慌てて掴み直す。

「ど、どなた……え、神月、伶桜……?」

「はぁい」

振り返ったら、私のあたまに肘を預けてひらひらと手を振る男と眼鏡越しに目があった。
今朝、間違いなく電車の中でこの顔を見た。
白の無地カットソーになんか緩めのお洒落なパンツ、黒の薄手コートを羽織り、返送のつもりなのか同じく黒の帽子と眼鏡を着けているが、全くもってそのオーラは隠しきれていない。

「顎、綺麗に治ったんだねー。
あんなことを言っていたけど、こーんな可愛い顔にやっぱり傷を残すのはダメだよ」

男――神月さんのすべすべな手が、確認するかのように私の顔を触る。

「えっ、あっ、あの!?」

どうしてこの人は、私を知っているのだろう。
ついひと月ほど前、転けて派手に顎を怪我したのだとか。
というかその前に、どうしてあのトップモデル、神月伶桜がこんなところにいるの!?

「伶桜!
勝手にふらふらしない!」

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