指輪を外したら、さようなら。



「どういうことよ!」

 置かれた状況に声を荒げたのは、美幸ではなく忍だった。

 美幸は黙って、俺を睨みつけている。

 俺は美幸の視線をスルーして、熱々のコーヒーに口をつけた。

 対して、東山は修羅場の始まりにコーヒーどころではない。

「色々と面倒なんで、まとめて決着をつけてもらおうと思いまして」と、俺は言った。

 美幸に直接会うことを拒否されて、俺は東山に連絡した。そして、現状を話し、美幸と東山の妻を呼び出して欲しいと頼んだ。

 東山は何も言わずに了承した。

 俺から別居を聞かされて、東山は妻にも美幸にも離婚を促していたという。だが、二人とも応じることはなく、疲弊しているようだった。

「離婚なんてしないわよ」と、忍が言った。

 美幸はじっと、忍を見据えている。そんな美幸を、東山は心配そうに見つめていた。

 隣でキャンキャン吠えている妻に一瞥もくれないところを見ると、東山が妻に対してなんの情も持ち合わせていないことがハッキリとわかる。

 修羅場は必至だったから、ゆっくりと話せるように東山のオフィスで集まった。

「いいじゃない! 美幸との不倫を認めてるんだから。離婚しなくったって、今まで通り付き合っていいって言ってんのよ? それでいいじゃない!」

「お互いに別の相手がいて、夫婦であり続ける理由なんかないだろ」と、東山がか細い声で言った。

「あるわ! 子供たちはどうするのよ!? 由麻(ゆま)恵麻(えま)のことを考えたら――」

「――だからだ。自分たちを放って、両親は別々の相手と会っているなんて、二人が知ったらどう思うか」

「別に放ってなんかいないわよ。ちゃんとうちの両親に面倒を見てもらってるじゃない!」

「そういう問題じゃないだろ!」

 ヒステリックに、まともではないことをさもまともなことのように話す妻に、東山が声を荒げた。

 美幸が目を丸くして東山を見る。

 勝手な想像だが、東山が大声を上げるのは珍しいことなのだろう。

「俺がとやかく言えないのは重々承知しているが、母親が派手な格好をして、頻繁に外泊するなんて普通じゃないことくらい、由麻はもうわかる年齢だ。俺がきみの実家に二人を迎えに行くと、由麻は泣きそうな顔で『お帰りなさい』と笑うのを知っているか!?」

「なによ! 愛人と楽しんだ後に子供を迎えに行くのが偉いとでも言うの!? 自分が外泊できないからって、これ見よがしに――」

「――子供たちを迎えに行ってあげてと俺を追い返すのは美幸だぞ!? 実の母親であるきみよりも、愛人の方がよっぽど子供たちを気にかけているなんておかしいと思わないのか!」

 東山の言葉に、忍は唇を噛み、般若の如く目尻を吊り上げて美幸を睨みつける。

「あなたに媚びてるだけでしょ! とにかく、離婚はしないわ!」

「そうか。だが、俺はあの家を出る。きみの両親にも話す。事務所の代表も降りる。お義父さんに返すよ」

「だめよ! 何を言っているの!? あなたに継がせるために事務所を新築までしたのよ? そんな勝手が許されるはずないでしょ!!」

「いくら謝っても足りないのは重々承知している。だが、それでも、何度でも謝る」

「ダメよ! 絶対にダメ!!」

 忍の、悲鳴のような金切り声が事務所に響く。
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