指輪を外したら、さようなら。
「脱がせるのも楽しみなんだけどなぁ」
「そういうセックスがしたいなら――」
キスで唇が塞がれ、その先は飲み込んだ。
「俺は、お前を、脱がせたいんだよ」
腰を掴まれて、勢いよくベッドに押し倒される。比呂が、覆い被さった。
舌が入ってくるのと同時に、指が挿入ってくる。
「んっ……」
ほんの少しの痛みは、すぐに快感に変わる。この一年で、比呂は私の身体を私以上に知った。
どこが感じるか、どうされるのが好きか。
それは、私も同じで。
「ふっ――」
比呂の息が僅かに音を含んで、唇の隙間から漏れた。
比呂の感じている声が、好きだ。
高く、細く、甘い声。
私が感じさせているのだと思うと、一層刺激的。
普段はセットしているから三十三歳の年相応に見えるのに、髪を下ろして頬を緩ませると若く見る。比呂はそれが嫌らしい。
私は、気に入ってるんだけど。
「千尋……」
苦しそうに眉をひそめ、私の耳たぶを咥える。
「あっ――! ああっ――!!」
息が、くすぐったい。頬や首筋を撫でる髪も。けれど、舌の感触の気持ち良さが勝り、抗えない。
「ひ……ろ……ぉ」
身体の相性はいいと思う。
性格的にも。
不倫、だからかもしれないけれど。
私たちは、この部屋以外の場所では会わない。同僚としてでも、二人きりで食事をすることはない。
二泊以上はしない。基本的に、泊まりは週末だけ。長くても金曜から日曜まで。
毎日は会わない。ズルズルと同棲のような状態にはしたくないから。もちろん、合鍵も渡さない。だから、私が会いたくない時は、ドアは開けない。
私は今までもそうやって不倫を繰り返してきた。
比呂ほど長く付き合った男はいなかったから、ここまでのルールを自分に課したことはなかったけれど。
正直、一年も関係が続くとは思っていなかった。
子供のいない夫婦の別居期間は、さほど長くない。と、思う。互いに譲れない財産でもあれば別だろうけれど。
だから、結婚して三年で子供もいなかった比呂が、一年半も別居生活を続け、未だに離婚していないことが不思議だ。
だからと言って、関係を続けている私自身も。
離婚に向けた話し合いをしている風もない。詳しくはわからないけれど。
別居を続けても離婚には踏み切れない理由があるのかもしれないけれど、聞いたことはない。
ただ、別居し始めた頃の比呂は、同僚という立場から見ていても痛々しかった。とにかく仕事に打ち込んでいた。仕事以外のことを考える時間を作らないように、いつ寝ているのかと心配になるほどだった。
お陰で、私まで比呂のペースで付き合わされるハメになった。
半年ほど怒涛の毎日を過ごし、ついに比呂がダウンした。しかも、私と二人で残業していた金曜の夜に。
やつれきった同僚を放置することもできず、私は自分のマンションに連れて行き、食事を作った。確か、きのこの和風パスタ。
久しぶりにコンビニの弁当以外を食べた、と言って比呂は軽く二人前を平らげた。
そして、比呂は私の家のソファで、寝落ちた。死んだように、とはこのことかと思うほど、深い眠り。私が寝て起きて、食事の支度をしても、洗濯機を回しても、起きなかった。
比呂が目を覚ましたのは翌日の夜。
私がお風呂から出ると、ソファで横になったまま、目を見開いていた。
その後、話をした。そこで、彼が別居中だと知った。
理由は聞かなかったけれど、原因は奥さんにあるのだと感じた。
『離婚……することになるだろうな』
そう呟いた比呂の目は、悲しみより怒りに満ちていた。
だから、誘った。