指輪を外したら、さようなら。
『別居中なんだ』
詳しいことは言わなかったし、千尋も聞かなかった。
『相手、しようか?』
その言葉に驚きはしたけれど、なぜか軽蔑とか怒りは感じなかった。
仕返ししたかったのかもしれない。
俺を裏切った美幸に、操を立てる義理はないと、自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
何より、千尋が欲しくて堪らなかった――。
一度抱いてしまったら、もう離れられなくなった。
悪女ぶってみても、千尋の温もりは優しくて、心地良かった。
『復讐、かしら』
美幸が、言った。
『復讐? 自分と結婚しなかった男へのか』
美幸はフフッと笑っただけで、答えなかった。
俺を見る同僚の目は好奇に満ちていた。
別居解消か、離婚か。
賭けでもされているかもしれない。
千尋に事情を話したくても、それこそ何を噂されるかわからないと思い、やめた。それでも、やっぱり気になって、千尋が一人になるのを待った。
そして、千尋が一人でミーティングブースに移動した後を追った。
そこで、まさか、千尋と長谷部課長の関係を知ることになるとは思わずに。
結局、千尋とは話せないまま、俺は自分のアパートに帰った。
今、千尋の家に押しかけたら、きっと歯止めが利かなくなる。
無理やり押し倒して、長谷部課長も届かなかった千尋の奥の奥に押し入って、俺を刻みたかった。
そんな妄想を抱きながら、彼女に会うわけにはいかなかった。
千尋は美幸のことを気にしてくれているだろうか……?
千尋から連絡があるのではと淡い期待を持ってスマホを眺めていたが、虚しさが募るだけだった。
その週の五日間。
昼少し前に、美幸は来た。
何度言っても、俺の携帯は鳴らさずに、会社の受付を通して俺を呼び出した。
ただ、向かい合って、黙って飯を食うだけ。
味気ないのを通り越して、吐き気がした。
他の男への復讐の道具にされるのは、気に入らない。本当に、気に入らない。
でも、それ以上に、千尋が何の反応も示さないことが、更に気に入らなかった。
駆け引きのつもりだった。
千尋と付き合い始めてから、五日間続けて彼女の家に行かなかったのは、初めてだった。
ウザがられるくらい入り浸っていたから。
千尋の家は居心地がいい。
口で何と言おうと、ちゃんと俺の分の飯も用意してくれて、セックスの相手もしてくれる。千尋も俺との生活を気に入っているんだと思っていた。
美幸と会うことに無関心を装っていても、本心では嫌がってくれていると思っていた。実際、電話では言ってくれた。
『好きよ。奥さんを抱いたらムスコを再起不能にしてやりたいと思うくらいには』