指輪を外したら、さようなら。

 少々過激な表現だが、要するに、自分以外の女を抱くのは許さない、という千尋なりの嫉妬と独占欲だと、俺は解釈した。

 俺のパーカーが布団の中にあったのも、そう思った理由の一つ。

 帰る時、俺は確かに自分の箱にパーカーをしまった。出しっ放しにして帰ると、千尋がうるさいから。それが、布団の中で丸まっていた。

 俺のパーカーを着たのだろうか。

 抱き締めたのだろうか。

 どちらにしても、パーカーは柔らかく、皺になっていた。



 今頃、また、俺のパーカーを着てたりするのかな……。



 本当にそうだろうか。



 案外、俺との関係が終わると思って、捨てられてたり……?



 情けない。

 美幸のことで妬かせて、会いに行かないことで焦らして、本音を引き出すつもりが、不安になったのも忍耐を強いられたのも、俺の方。

 一人でいると、良からぬことばかり考えてしまう。

 仕事の話だと分かっているのに、パーテーション越しに千尋と長谷部課長の声が聞こえると、気になって堪らなかった。



 俺と別れて、長谷部課長ともう一度、なんてことには……。



 いや、待て。

 千尋は左手の薬指に指輪をしていなければ興味がないはず。

 独身の長谷部課長は対象外だ。



 ん?

 だが、そもそも、どうして千尋は結婚指輪にこだわる?



 千尋がなぜ、既婚者ばかりと関係を持つのか、聞いたことはなかった。

『指輪をしていない男には、感じないの』 

 そんなのは、俺を本気にさせないための方便だと思っていた。

 だが、離婚間際の長谷部課長とも関係があったとなると、本当の事なのかもしれない。

 結局、惚れたモン負けだ。

 土曜日。

 俺は千尋の部屋を訪れた。

 千尋は寝惚けた顔で、けれど驚いてもいた。

「どうしたの?」

 その問いに、俺は驚くほどショックを受けた。

 俺には『何しに来たの』と聞こえた。

 俺が突然押しかけると、千尋は呆れた顔でため息をつきながら、それでも仕方がないと言わんばかりにドアを大きく開けてくれた。

 けれど、今日の千尋は、自分の身体がぴったりと納まる幅以上、ドアを開けなかった。

 俺が入る隙間などないと、言われている気がした。

 それでも、そのショックを表情に出さないだけのスキルはあって、俺はいつものように笑った。

「どうしたの、はお前だろ。今まで寝てたのか?」

 開けてもらえないドアを、俺は自分でこじ開けた。

「昼飯買って来たから、食おーぜ」

 時間は午前十一時二十分。

 珍しくリビングが散らかっていた。

 テーブルだけでなく、床にまで資料やカタログが散乱している。

「仕事、持ち帰ったのか?」

「うん」

「珍しいな」

「……うん」

 千尋は小さく欠伸をして、その口を手で覆った。俺のパーカーは着ていない。
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