指輪を外したら、さようなら。
「で? 何食べたい?」
「んー……」
返事をしたのは、私ではなく私のスマホ。
「長谷部課長」
私は相手を確認し、〈応答〉をタップした。
「お疲れ様です」
『お疲れ。まだ、有川と一緒か』
「はい」
私は横目で比呂を見ながら答えた。比呂も、同様に私を見ている。
『直帰予定だが、戻ってくれないか』
「――はい」
心なしか課長の声が強張っている気がして、理由は聞かずに答えた。
『頼む』
やはり、いつもの課長と違う気がする。
なにかトラブった――?
「課長、なんだって?」と、信号待ちでブレーキを踏んだ比呂が聞いた。
「一緒に戻れって」
「トラブルか?」
「みたい」
「仕方ねぇな。さっさと片付けて美味い酒飲んで帰ろうぜ」
信号が青に変わり、車を発進させた比呂は、次の交差点で少し強引に車をUターンさせた。
嫌な予感しかしなかった。
そして、その予感は当たった。
社に戻るなり、長谷部課長は険しい表情で私と比呂に会議室で待つように言った。
「大河内邸だが、相川に担当して欲しいと、副社長に電話があった」
会議室に入って来るなり、やはり険しい表情で課長が言った。
「高校の同級生なんだって?」
運勢最悪どころか、厄日だ――――。
私は深いため息を隠さなかった。
「――はい」
左肘を机に立てて、手で前髪をクシャッと握った。
「元カレとかじゃないだろうな」
「違います」
「けど、向こうは相川に思うことがあるようだったよな」と、比呂が言った。
「こっ酷く振ったとか?」
「……」
「あたりか」と、課長と比呂が同時に言った。
「そんな、色っぽい話じゃありません」
「じゃあ、なんだよ」
「…………」
「相川。この話が俺んとこに来た時、担当は優秀な男性社員で、と指示があった。だから、本来はお前に回すところを、俺が引き受けた。わざわざそんな指示があるんだ。裏があると思うのは当然だろう。今日は、不測の事態でやむなくお前に頼んだが――」
「――一人だけ殺せるなら殺したい相手、です。お互いに」
「は!?」
思わず本音が口をついてしまった。
私は、今度は自己嫌悪のため息を漏らした。
「自分の顔と金で落とせない女はいないとか思ってる、勘違い野郎だったんですよ。で、私は落ちなかった」
「あーーー、なんか、わかった気がする」と言って、課長が天井を眺めた。
比呂は首を傾げて私を見ている。
「しかも、私の方が成績が良かったもんだから、目の敵にされて。片親で友達少なくて可哀想な女にちょっかい出したらこっ酷く拒否られて、その上、その女の方が成績が良くて。あとは、まぁ、ケツの穴の小さい男がやりそうなことです。取り巻き使って嫌がらせしたり、私が援交してるとか噂流したり――」
「――わかった。そういうことなら、やっぱり担当は――」
「――上にはなんて言うんです? 金額だけでなくコネも絡んでるなら、私情で仕事を選ぶようなことは許されないんじゃないですか?」
比呂が足を組み、椅子に背を預けて、胸の前で両腕を組んだ。
課長は困った顔をして、再び天を仰ぐ。
「内装に関しては婚約者との打ち合わせがメインでしょうから、引き受けますよ」