初恋の人
 六年前。
 結愛が生まれた時、康史は高校生だった。当然、その時のことを結愛は覚えていない。
 退院した美智子が伊藤家――康史の母親の幸代に結愛をお披露目に行くと、康史がおくるみの中をそっと覗き込んでいたという。
 美智子が「抱っこしてあげて」と声を掛けると、康史は嬉しそうに抱き上げ、頬を擦り寄せていたらしい。
 それから康史は毎日のように高岡家に顔を出していたようだ。アルバムの中の写真には、まるで兄妹のように、時には父娘のように結愛の横には必ず康史が写っている。
 そうして結愛が小学校へ上がると、康史は「ついでだから」と登校の付き添いを買って出た。通勤途中に学校があるからだと言っていたが、結愛には理由なんてどうでもいいことだった。
 康史と一緒に通えるということが、ただ嬉しかった。


 翌朝、二人でいつもの通学路を歩いていると、「そうそう」と言って不意に康史が足を止めた。そしてスーツのポケットから小さい紙袋を取り出し、手渡された。

「何?」

「開けてごらん」

 康史に促され中身を確認した結愛は、嬉しさで胸がいっぱいになった。

「ふたつも入ってるー! 康ちゃん、ありがとう!」

 結愛は袋から取り出した二本のピンクのクレパスを握りしめて、満面に笑みを広げた。
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