楽園 ~きみのいる場所~

 有無を言わさないキッパリとした口調に、少しだけ違和感を持ちながらも、俺は彼女の作業が終わるのを待った。

 手元は見えないけれど、楽は鍋やフライパンを使って、次々と料理をしていく。

「どんだけ作るの?」

「久し振りだから、悠久にたくさん食べて欲しくて」

 そう言われたら、何も言えない。

 待つこと一時間。

 ようやく楽の手が止まった。

 そして、決められているように、俺の正面に座った。

「話、聞くよ」

 楽は知っている。

 直感でわかった。

 真っ直ぐに俺を見て、大丈夫だと諭すように微笑む。



 知っていて、会いに来た……?



 そう思った瞬間、頭の中が真っ白になった。



 俺が楽にする仕打ちを知っても会いに来てくれたのは、受け入れてくれるということか?

 それとも――――。



「楽、俺――」

 考えなしに口火を切ったが、先が続けられない。

「――俺は……」

「……うん」

 叱られるとわかっていながら、仕出かしたことを白状する子供の気分だ。

 俺の母さんも、今の楽のように、俺が自分から罪を告白するのを待っていた。

 泣きながら告白すると、母さんは「ごめんなさいが言えて偉いね。もう、しちゃダメだよ」と俺を優しく抱き締めた。

 成長するにつれ、微笑みは無言の圧に変わったが、それでも母さんは、俺が自ら告白するのを待った。

 楽と母さんが重なって見えて、胸が苦しい。勝手に溢れた涙が頬を伝う。

 格好悪いったらない。

「ごめ――」

 それでも、俺は告げなければならない。

「――ごめん、楽」

 彼女を愛しているから。

「ごめん」

 彼女なしに生きる意味を見出せないから。

「弱くて、ごめん」

 だから、助けて。

「ずるくて、ごめん」

 お願いだから、そばにいて。

「約束を守れなくて、ごめん」

 憎んでもいいから、許して。

「一生、俺に囚われて欲しい――――」

 涙で揺れる彼女の顔がよく見えない。

 仕方ないと笑っているのか。

 絶望して泣いているのか。

 悔しくて怒っているのか。

 楽の顔が見たい。

 けど、怖い。

 それでも、俺は見るべきだった。

「愛してくれて、ありがとう」

 涙を拭って、正面から彼女を見つめるべきだった。

「私も、悠久を愛してる」

 楽がどんな表情(かお)で言ったのか、受け止めるべきだった。

「だから――」

 逃げるべきじゃなかった。



「――嫌いになりたくないから、別れよう」



 その一言で、身体中の水分が凍りつく。

「楽! 俺は――」

「――私を、お母様と同じにはしたくないって、言ったわ」

 手足が震える。

「言った。だから、いつか必ず――」

「――いつかって、いつ?」

 呼吸が出来ない。

「あなたのお父様が亡くなったら?」

 声が出ない。

「萌花の子供が成人したら?」

 食べた物全部、吐きそうだ。

「私に子供ができたらどうするの? 父親のことを聞かれたら?」

 涙はとうに枯れているのに、楽の顔が見えない。

「好きよ、悠久。だから、今ならわかるの。あなたのお母様がどうして、あなたを産んだか。一人で育てたか」

「ら……く……」

「嫌いにだけは、なりたくないから」

「楽!」
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