楽園 ~きみのいる場所~
「ご家族は?」
真っ直ぐに目を見て聞かれて、ドキッとした。
朝食時には相応しくない話題だし、普通は言葉に困って黙ってしまうだろう。
だが、彼女は真剣な表情で、聞いた。
「この家は明堂さんが育った家なんですよね?」
「うん。祖母と母と三人で暮らしてた。気づいたと思うけど、祖母は車いすの生活でさ。それでも不自由ないようにって、バリアフリーにリフォームしたんだ。母は祖母の世話をしながら俺を育ててくれた。けど、俺が大学二年の時に祖母が亡くなって、母も八年前に亡くなったよ」
「残念……でしたね」
「え? ああ、うん」
「若くして一流企業の部長になった明堂さんを見たら、お母様は喜ばれたでしょうから」
退院した日、萌花にここが俺の育った家だと言ったら、「へぇ」と言われた。
結婚するにあたって、萌花には俺の生い立ちを伝えていたが、彼女は興味なさそうだった。
だから、こんな風に母を思いやる言葉をかけてもらったのは初めてで。
八年も前の、最期に会った母の弱々しい笑顔がまざまざと思い出され、胸が締め付けられた。
「事故は不運でしたけど、こうして明堂さんがこの家を帰る場所に選んでくれて、お母様も嬉しいでしょうね」
相変わらず敬語で他人行儀だけれど、彼女の言葉は、想いは、心の奥の、ずっと奥の、忘れようとしまい込んだ懐かしくて、温かくて、幸せだった頃の記憶に染み入る。乾ききっていた記憶は彼女の言葉で膨張し、心の奥から溢れ出てくる。
一人だったら、きっと、目を背けたままだった。
むしろ、この家に居ながら、この家の記憶を思い出さないようにと頑なになっていたと思う。
彼女の前では、この家にいた頃の自分でいられる。それが、とても心地良かった。
「敬語だし、また明堂さんって呼んだね」
俺はウインナーを口に入れた。
頬に雫が伝ったが、拭える左手にはフォークが握られていて、出来なかった。
「もしかして、俺の名前、知らないとか?」
「……」
「結婚式で一度会っただけだし、仕方ないけど――」
「悠久……さん」
絞り出すようなか細い声。
見ると、彼女は顔を真っ赤にして、今にも泣きそう。
そんな彼女を見ていたら、俺まで恥ずかしくなった。顔が熱い。きっと、彼女と同じくらい顔が赤いだろう。
名前を呼ばれただけでこんなに恥ずかしくて、興奮するなんて、自分で自分に「中学生かよ!」とどついてやりたい。
「それも……、結婚式のプロフィール?」
恥ずかし紛れに、フォークを置いてパンを掴む。口いっぱいに頬張ったクロワッサンが、口の中の水分を吸収していく。
「悠久と書いてはるかって……、すごく素敵な名前ですよね」
乾ききった口から、粉々になったクロワッサンが飛び出しそうになる。
彼女の言葉は、いちいち俺を刺激する。
真っ直ぐに目を見て聞かれて、ドキッとした。
朝食時には相応しくない話題だし、普通は言葉に困って黙ってしまうだろう。
だが、彼女は真剣な表情で、聞いた。
「この家は明堂さんが育った家なんですよね?」
「うん。祖母と母と三人で暮らしてた。気づいたと思うけど、祖母は車いすの生活でさ。それでも不自由ないようにって、バリアフリーにリフォームしたんだ。母は祖母の世話をしながら俺を育ててくれた。けど、俺が大学二年の時に祖母が亡くなって、母も八年前に亡くなったよ」
「残念……でしたね」
「え? ああ、うん」
「若くして一流企業の部長になった明堂さんを見たら、お母様は喜ばれたでしょうから」
退院した日、萌花にここが俺の育った家だと言ったら、「へぇ」と言われた。
結婚するにあたって、萌花には俺の生い立ちを伝えていたが、彼女は興味なさそうだった。
だから、こんな風に母を思いやる言葉をかけてもらったのは初めてで。
八年も前の、最期に会った母の弱々しい笑顔がまざまざと思い出され、胸が締め付けられた。
「事故は不運でしたけど、こうして明堂さんがこの家を帰る場所に選んでくれて、お母様も嬉しいでしょうね」
相変わらず敬語で他人行儀だけれど、彼女の言葉は、想いは、心の奥の、ずっと奥の、忘れようとしまい込んだ懐かしくて、温かくて、幸せだった頃の記憶に染み入る。乾ききっていた記憶は彼女の言葉で膨張し、心の奥から溢れ出てくる。
一人だったら、きっと、目を背けたままだった。
むしろ、この家に居ながら、この家の記憶を思い出さないようにと頑なになっていたと思う。
彼女の前では、この家にいた頃の自分でいられる。それが、とても心地良かった。
「敬語だし、また明堂さんって呼んだね」
俺はウインナーを口に入れた。
頬に雫が伝ったが、拭える左手にはフォークが握られていて、出来なかった。
「もしかして、俺の名前、知らないとか?」
「……」
「結婚式で一度会っただけだし、仕方ないけど――」
「悠久……さん」
絞り出すようなか細い声。
見ると、彼女は顔を真っ赤にして、今にも泣きそう。
そんな彼女を見ていたら、俺まで恥ずかしくなった。顔が熱い。きっと、彼女と同じくらい顔が赤いだろう。
名前を呼ばれただけでこんなに恥ずかしくて、興奮するなんて、自分で自分に「中学生かよ!」とどついてやりたい。
「それも……、結婚式のプロフィール?」
恥ずかし紛れに、フォークを置いてパンを掴む。口いっぱいに頬張ったクロワッサンが、口の中の水分を吸収していく。
「悠久と書いてはるかって……、すごく素敵な名前ですよね」
乾ききった口から、粉々になったクロワッサンが飛び出しそうになる。
彼女の言葉は、いちいち俺を刺激する。