楽園 ~きみのいる場所~
俺はペットボトルを右腕に抱え、左手でキャップを開けた。三分の一ほどを飲んで、キャップを締める。いや、締めようと思って、やめた。
「キャップ、締めてくれない?」
ようやく楽が顔を出す。ソファから下りてそばまで来ると、ペットボトルに手を伸ばした。
俺はその手を掴んだ。
「何が心配? トイレくらい行けるし、こうして水も飲める」
苛立ちを通り越して、純粋に疑問に思った。
いくら俺が転ばないようにと気遣っても、毎晩ソファで眠るのはやり過ぎだろう。大体、暗がりじゃ俺を助けられない。
楽は口を噤んだまま。
「それとも、自殺でもしないか心配した?」
「そんなことっ――!」
「――じゃあ、なんで?」
「それは……」
きつく問い詰めるつもりではなかったが、こうもだんまりでは意地悪もしたくなる。
「前に言ったよね。俺と一緒に眠るか、自分の部屋で眠るかだって」
彼女の手を、強く掴んでいるわけではない。振りほどくのは簡単だ。
けれど、彼女は俺の手を振りほどこうとしない。
「一緒に、寝る?」
「……」
楽が、何を考えているのかわからない。
自分のことで精一杯で、萌花から聞いた、彼女が自ら望んでここに来たことについても話していない。
「襲われる心配がないことはわかってるでしょ」
「そういう……ことでは……」
「勃たなくても欲はあるから、一緒に寝るなら触ったり舐めたりはするけど」
最早、自虐ネタだ。
だが、彼女を部屋に追いやるには十分なネタだろう。
そう思ったのに、楽は顔を真っ赤にして口を噤んだまま、俺の手を振りほどこうとはしない。
まさか、俺を受け入れようとしてる?
いや、まさかだろ。
好きだとは言ったけど、あんな醜態を晒したんだから――。
俺の方から彼女の手を離した。
「ちゃんと部屋で寝なよ。風邪ひかれちゃ困る」
「……一緒に寝ても、いいですか」
幻聴が聞こえた。
楽を前にして、楽の声で、俺に都合のいい幻聴が。
「部屋の隅にお布団を敷かせてもらえたら――」
「――は?」
幻聴ではないようだと認識し、俺は聞き返した。
「俺と一緒に寝るって聞こえたんだけど?」
楽が小さく頷く。
「一緒に寝るなら、触ったり舐めたりするって言った気がしたんだけど、言わなかったっけ?」
「それは……、布団を別にすれば――」
「それって一緒に寝るって言わないよね」
「……」
一瞬にして目まぐるしく妄想が膨らんだが、どうやら暴走し過ぎたようだ。
彼女の様子からして、なにか理由があるらしい。
「そんなに俺が心配? 例え死にたくなっても、きみを第一発見者にはしないよ?」
「――冗談でもやめてください!」
顔を上げ、キッと睨みつけられた。
俺は条件反射的に、「ごめん」と呟いていた。