転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました 番外編
ディーは床に置いていた大きな鞄を開けた。異変に気づいたレヴが体を起こして振り返ると、ディーは鞄から出した包みをひとつ差し出した。
「何?」
それは四角くて厚みがあって、赤いリボンが掛けられていた。レヴは目をしばたたかせ、ディーを見上げる。
「クリスマスプレゼントだ」
ぶっきらぼうに言ったディーの言葉に、レヴは大きな目をまん丸くして驚いた。
「俺にくれんの?」
「ああ」
この男からリボンのかかった贈り物などもらうのは初めてだったので、正直面食らった。包みを受け取ったレヴはなんだか可笑しくなって眉尻を下げて笑う。
「ははっ、魔法使いがクリスマスだってよ」
最近ではクリスマスを楽しむ魔法使いも増えてきたが、年寄りや伝統を重んじる魔法使いはクリスマスを祝わない。クリスマスはユールに多文化や宗教が混ざったものだという意識が強いのだろう。
今までディーの口からクリスマスなんて俗っぽい言葉が出たことがなかったので、彼もてっきり古臭い考えの持ち主なのだと思っていたのに、案外柔軟なのかと少し可笑しかった。
さっそくリボンをほどいてみると、包みの中から出てきたのは高級そうな箱だった。ふたを開けようとしたらディーが小さく「あ」と言ったが、構わず開ける。
「……なんだこれ?」
中に入っていたものを両手で抱き上げて、レヴは首を傾げた。それはフワフワとした赤毛の誰かさんを思わせる人形だった。緑色の瞳は硝子で、白い肌は磁器でできている。手の込んだドレスまで着ていていかにも高級そうだが、生憎レヴの喜ぶものではなかった。
するとレヴの手から人形を抜き取ったディーがそれを箱に戻し、「間違えた」と言って鞄からもうひとつの包みを出した。
それも同じような厚みを持った四角で赤いリボンが掛かっていたが、開いてみると中は箱ではなく立派な革表紙のついた大判の本だった。表紙には『魔力学~エネルギーの分類と法則』とタイトルが金で箔押しされている。
「なにこれ、すげえ面白そう!」
さっきの人形と違い、レヴはたちまち目を輝かせた。
生まれたときから魔法の天才であるレヴは幼いうちから高度な魔術書を読み漁り、理解して実践につなげている。中でも緻密に計算された魔道具を作るのが好きで、杖さえ自分で作るほどだ。
そんなレヴにとって魔力を感覚ではなく理論的に分析しまとめた本など、嬉しいに決まっている。こんな便利な本が世の中にあることすら知らなかった。見たところかなり高級そうなので、世に数冊しか存在していないのかもしれない。
レヴはさっそくページをめくって読み始めた。あっという間に本の内容に没頭していると、後ろで鞄を片づけたディーが部屋から出ていく気配がする。
レヴは顔だけ振り向かせると「ありがとうな。嬉しいよ」とだけ告げて、すぐに本に向き直った。ワクワクした気持ちが抑えきれず笑みとなって顔に浮かんでいたことを、レヴは自覚していない。
そして初めてレヴに笑顔を向けられたディーも、静かに目を細めたことに、レヴは気づいていない。
それから数日後。
無事に年も開け人々の暮らしも日常を取り戻しつつある日。レヴはいつものようにこっそりとサマラの部屋に遊びに来ていた。
「じゃーん! 新しい念話人形だ! 会話してる奴の感情がそのまま人形の表情に反映されて相手に伝わるんだぜ、すごいだろ」
いつも使っていた念話人形を改良したものを見せて、レヴは得意げに胸を張る。
このささやかな機能は、ディーからもらった本のおかげだ。新しく仕入れた知識をさっそく活用してみた。まだ小手調べなので今後はさらに改良を重ねもっと便利にする。文字でメッセージなど送れたら便利だなと思う。
「最近顔見せないなと思ってたら、これ作るのに夢中になってたの……?」
レヴとの付き合いも二年になるので、サマラは彼の性格がわかってきた。魔道具作りが好きなようで、あれこれ試行錯誤して夢中になってる期間は部屋に遊びに来る足が遠のくこともよくわかっている。
「面白い本手に入れてさー、魔力の回路って知ってるか? 物質によって抵抗が……」
ツラツラと語りながらレヴは勝手に椅子に腰かける。その面白い本を誰にもらったかは言わない。そもそも自分がサマラの父親の作った土人形であることは言わない。
初めは別に隠す気もなかったが、言ったらなんとなくサマラが悲しむような気がしたので秘すことにした。せっかくできた友達を無意味に悲しませるのは馬鹿らしい。
「属性が違うと抵抗が大きくなるんだけど、それを数値化した実験があって火と水だと」
サマラが聞いているんだかいないんだかわからない話をレヴが続けていると、机の上にふと見覚えのあるものが置かれていることに気がついた。
それは赤い髪と硝子でできた緑色の瞳を持った精巧なビスクドールだった。
「…………」
レヴは滔々と喋っていた口を噤んで、それを見つめた。そして「ははっ」と眉尻を下げて笑う。
サマラが不思議そうに小首を傾げながら「ビスクドールだよ、初めて見た? クリスマスにおとうさまにもらったの」と声をかける。
レヴは頬杖をついて人形を見つめ「いいじゃん、よかったな」と目を細めた。
ディーを父親だと思ったことはない。ましてやサマラを羨んだことなど全くない。けれどあの男が娘と平等に自分に贈り物をしていたことは、なんとなく気分がよかった。
戸籍とか血とか、案外どうでもいいのかもしれない。レヴは「父」というものが、ほんの少しだけわかった気がする。
土と魔力でできた体なのに、今日は胸が少しだけあたたかい。