転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました 番外編
Petit Chapter3 愛と呼ぶもの
※サマラ、レヴ、7歳
※本編の重要なネタバレが含まれています。原作既読、またはコミック最終回まで読了してから読むことをお勧めします。
いつの世も12月の下旬となると、人々は忙しい。
一年の終わりを迎え新しい年を迎えるにあたって準備に駆け回るのは、きっとどの国どの時代でも同じだろう。
ここバリアロス王国でも庶民は新年のために一張羅をあつらえ、ご馳走の仕込みにどの家も慌ただしくしている。
貴族らは社交界シーズンのピークを迎え毎晩着飾っては夜会に出かけ、あちらこちらで挨拶を交わしては踊っていた。
そして魔法使いは、冬至という重要な季節の節目を迎え、いにしえからのやり方に則って冬を息災で越える準備に勤しんでいた。
そう、それはここ――国王直轄の特秘魔法機関Danuも、例外ではない。
「レヴ、明日からユールだ。薪はこれを使え」
そういってDanuの職員がレヴの部屋に持ってきたのはカバノキの薪だ。
暖炉にくべるのに普段はコナラやスギの薪を使うが、12月の21日ごろから始まるユールの間はカバノキやカシの薪を使う。
ベッドで寝そべって本を読んでいたレヴは身軽に体を起こすと、「そこ置いといて」と暖炉脇のラックを指さしながら職員に近づいていった。
「もうユールか。ずっとここに閉じ込められてっから季節感ねーや」
伸びをしながら愚痴るように言ったレヴの言葉に、職員はなんの感情も見せず薪をラックに置いていく。「夜は火を絶やすなよ」と職員が言えば、レヴは「わかってる」とポケットに手を突っ込んだ姿勢で返した。
「イチイとヒイラギのリースは? あとヤドリギも」
「研究所の玄関のドアに飾ってある」
「俺の部屋にもほしい」
「玄関にあれば魔除けになる。必要ないだろう」
「そうやって儀式を簡単に済ませようとするから、あんたらは魔法が下手なんだよ。隣人に敬意を払わないやつは闇の王にさらわれるぞ」
呆れたように顎を上げて見据えてくるレヴの姿は、七歳とは思えない傲慢さだ。まったく可愛げのない子供に職員は眉根を寄せ「チッ」と小さく舌打ちしたが、彼の要求はできる限り聞くようにと上から命じられているので「……あとで持ってくる」とだけ言い残して部屋を去っていった。
レヴはあくびをひとつ零すとベッドに戻るのではなく、窓辺へ向かう。厚いカーテンを開くと外は雪景色で、チラチラと冬の精たちが舞っていた。
少し窓を開くと、キンと冷たい空気がたちまち部屋へ流れ込んでくる。と同時に白い光を纏わせた妖精たちが踊るようにレヴのもとへ飛んできた。
「まもなく光の王がやってきて闇の王は滅びるよ」
「闇の王の行進を見る? 夜に北の空を駆けるよ」
この時期、妖精たちの話はユールで持ちきりだ。彼らの言う闇の王とは死を司る冬の妖精の総称であり、ときにワイルドハントなどの妖精の集団も指す。
「見ないよ。お前らも行進に巻き込まれないようにしろよ。深淵とか黒い海に連れてかれちゃうぞ」
レヴが指を差し出せば、妖精はその上でクルクルと回りだす。目を細めて見ていると冬の妖精たちはさらに寄ってきて、寒気に包まれたレヴはブルリと身震いした。
寒くなってきたので窓を閉めようと取っ手に手をかけたときだった。コンコンと部屋にノックの音が響いた。
さっきの職員がリースを持ってきたのかと思いレヴは窓を閉めながら「入れば」とおざなりな返事をする。しかし入ってきたのは先ほどの職員ではなく――黒いマント姿の長身の男だった。
レヴは一瞬目を丸くしたあと、ベッドにドサリと腰掛ける。そして「ん」と片手を差し出した。
この男がレヴに会いに来る理由は決まっている。魔力の供給だ。
どうやら自分の体は土と魔力でできているらしいので、やたらと魔力の多いこの男から時々分け与えてもらうのだ。ひと月に一、二度程度のレヴの食事と言えよう。
そうして男は最後に「何か不便はないか」と必ず尋ねるのだが、レヴが「外に出たい」と言っても却下しかされないため、最近は特に何も要求しなくなった。
男は何やら大きな鞄を持っていたが、それを床に置くといつものようにレヴの手を握って魔力を流し込んだ。体に生命が漲ってくるのがわかる。
レヴは今のところこの男が好きでも嫌いでもない。名前がディー・ル・シァ・アリセルトだということは知っている。数年前まで大して興味もなかったが、ただひとりの友達の父親の名前だったので覚えた。
とはいえレヴは父親というものがよくわからない。概念としては知っているのだが、ディーはサマラと血が繋がっていない。魔力の気配が全然別物なのですぐにわかった。なのにふたりは父と子なのだという。
血や魔力の繋がりで親子を語るならば、レヴとディーこそ父と子なのではないかと思う。ふとそんなことを思い親子の定義を職員に尋ねたところ「関係性は戸籍で決められる」と教えられた。
なるほど、と納得した。国が決めた戸籍ってやつがサマラとディーを父と子と認めたのでふたりは親子らしい。
そして自分は土人形で戸籍がないので、ディーの血と魔力からできていても父と子ではないのかと理解した。
納得したところで、レヴの興味は尽きた。ディー個人に関心はない。彼はあくまでレヴを作り時々魔力をくれる人間で、サマラの『おとーさま』でしかない。それ以上でもそれ以下でもなかった。
もとより感情がなく、人真似でそれを覚えて育ったレヴに、子が親に自然に抱くような愛情というものは存在していない。彼が今のところ明確に好ましいという感情を抱けるのはサマラだけだ。それが土人形であるレヴの今の限界でもあった。
「もういいよ。おつかれさん」
体に魔力が満ちたのを感じ、レヴはパッと手を放す。そしてブーツを足だけで乱暴に脱ぎ捨てると、再びベッドに転がった。
いつもならこれでディーが「何か不便はないか」と聞いてレヴが「ない」と答えて終わるのだが……今日はそうではなかった。