天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 遺伝子でお見合いすることを徹底し、長男は必ずアルファ型にするという決まりごとを、この一族は気持ち悪いほど忠実に守っているのだ。
 優弦さんは、この家でいったいどんなことを言われて、育ってきたんだろうか。
 あんなに優しい人が、幼い頃から旦那様に抑圧されていたかもしれないと思うと、胸が軋む。
「世莉君、久方ぶりだな」
「え……」
 お盆を抱えたまま、相良家の人が着席するのを見守っていると、薄いグレーの着物に黒い羽織紐をつけた旦那様がやってきた。
 ドクン――。
 旦那様を間近で見た瞬間、黒い感情がせりあがって来る。
 けれど、その後ろに、薄ピンクの着物を着こなしたお義母様がいることに気づき、少しだけ気持ちが鎮まった。
 私はすぐに頭を下げて「新年あけましておめでとうございます」と挨拶をする。
「優弦はまだ来ていないようだな。どこへ?」
「はい。まだ仕事の残りがあるようで、十二時までには来るとおっしゃってました」
「そうか。じゃあまもなくだな」
 私には一切興味がないのか、旦那様はそれだけ言うとすぐにスッと視線を逸らして、自分の席へと向かっていった。もちろん、旦那様の席はど真ん中の席だ。
 お義母様とパチッと目が合うと、静かに笑みを向けてくれたのでほっとした。
 私もお義母様だけには笑みを返し、もう一度頭を下げる。
 それにしても、優弦さんはまだだろうか……。
 あと十分ほどで時間になってしまうけれど、旦那様は遅刻を絶対に許さないと聞いた。
 ハラハラしながら中庭に目を向けていると、優弦さんが運転する黒い高級車がちらっと遠くで見えた。
 よかった……。無事間に合いそうだ。
 私はいてもたってもいられず、お盆を持ったまま玄関へと飛び出した。
「優弦さん……!」
「世莉」
 車から降りて私に気づいた優弦さんは、にこっと優しく微笑んだ。
 私服姿の優弦さんは、重たそうな紙袋を持っていることに気づく。
 後から井之頭さんも車から出てきて、彼も同じようにファイルがぎっしり入った紙袋を持っていた。
「優弦様、お荷物玄関まで運んでおきますね」
「ああ、助かる。もうこの後は解散で問題ない」
「承知いたしました。世莉さん、今日もお着物お似合いですね」
「えっ……、ありがとうございます」
 突然井之頭さんに着物を褒められ動揺した私は、紙袋のことを突っ込むタイミングを失ってしまった。
< 102 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop