天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 女優さんの個性に合わせていくつも色のパターンを相談しあい、彼女の魅力が最大限に引き出されるように計算して作った。
 足元から上にカメラが移動し、いよいよ女優の全身が映されたその瞬間、全身に鳥肌が立っていくのを感じた。
「綺麗……」
 思わず感想が漏れる。
 大垂髪の髪型の小田島さくらさんは、見事すぎるほどに十二単衣を着こなしてくれていた。
 まだ実年齢は二十三歳と聞いたけれど、大人びた色気がある。
 朱色の唐衣は彼女の白い肌を明るく見せ、五衣も綺麗に層を重ねていて、内衣も足元で華やかに広がっている。
 これは、彼女のために作られた、世界でたったひとつの着物だと、彼女自身が物語ってくれているようだった。
「すごいな……君の仕事は」
「え……」
「着物の力で、女優の魅力が溢れ出ている」
 ぽつりとつぶやくように、優弦さんが隣で心から感心したように言い放った。
 感動でひとり言葉を失っていた私に、その一言は水のように染み渡ってしまった。
 嘘でもお世辞でもなく、心から言ってくれているように感じたから。
 深くにも胸の中が、じんわりと温かくなっていく。
「ありがとうございます……」
 恥ずかしげに返すと、優弦さんはドキッとするほど優しく目を細めてくれた。
 どうして、そんな温かい眼差しを私に向けてくれるのだろう。
 私が相良家を恨んでいることを、彼は知っているのに。
 もしかして、彼は寿さんと同じような、差別的思想は持ち合わせていないの……?
 ダメだ。また、心が揺らいでしまっている。
 これ以上心を乱されてはいけないのに、優弦さんの優しさに気を許し始めている自分がいる。
「このまま、最後まで一緒に観よう」
「はい……」
 彼の提案に頷き、私はテレビ画面と向き合った。
 心臓がトクントクンと心地よいリズムで心音を刻んでいることに、私は必死に気づかないふりをした。

 ドラマの評判は上々で、私もいちスタッフとしてとても誇らしい気持ちになった。
 SNSで感想を検索しては、小田島さんの十二単姿を褒めるコメントを見つけて、幸せな気持ちになる。
 もう六話まで撮り溜めてあるので、七話以降に使用する着物にそろそろ着手しなければならない。
 朝起きて、打ち合わせの日程を相談しようとスマホを開くと、タイミングよくプロデューサーから一件メールが届いた。
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