天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 唇をかみしめて、木島さんはそんなことを言ってのけた。
 木島社長も父親も、そんな木島さんの様子を見て驚いている。
 世莉よりもひとつ年上だというのに、あまりに幼稚な発言に深いため息が出そうになった。
「梨沙。優弦君にはもう奥さんがいるんだ。諦めなさい」
「優弦さんが私と結婚してくださるなら、私が所持している土地の権利を相良家に全て譲渡します!」
「こら、梨沙っ……何を勝手に!」
 木島社長が焦ったように言葉を制したけれど、彼女の様子は本気だった。
 まるで子供が悪あがきをしているような姿に、気持ちが氷点下まで下がっていく。
 ちらりと横にいる父親に視線を向けると、彼は土地の権利の話を聞いてまんざらでもない表情を抑えきれずにいた。
 何て汚い人間ばかりなんだ……。
 早く世莉の元へ行って、彼女が静かに着物と向き合っている姿を眺めていたい。
 俺はこれ以上汚いものを視界に入れたくなくて、何も言わずに立ち上がると、「外まで送りますよ」と淡々と返した。
「優弦さん……っ、最初は私と結婚する予定だったではないですか……っ。それを遺伝子の関係だけであの方と結婚なさるなんて……、そんな関係夫婦だとは」
「木島さん。何か勘違いしていますね」
 言い募る言葉を遮り、俺は虚無の視線を彼女に向ける。
「俺は彼女と結婚出来てこの上なく幸せですよ。遺伝子など全く関係ないところで妻を愛しています。ですので、何もご心配なく」
「え……」
「妻の気持ちは、分かりませんが」
 自虐気味に薄い笑みを浮かべる俺を見て、ようやく木島さんは絶望の顔に変えていった。
 これで、ようやく諦めてくれただろうか……。
 もっと絶望させる言葉なら、いくらでも出てきそうだけれど、泣かせたら面倒なのでこの辺にしておこうと思った。
まさか俺の方が妻に惚れ込んでいるなど、思ってもみなかったのだろう。
 世莉が玉の輿のような形で結婚したと思って嫉妬しているのなら、それは大きな間違いだ。
 俺が彼女にあげられるものなど、何もない。
 世莉から与えてもらうものの方がはるかに多いのだから。
「娘がわがままをすみません。優弦君、困らせたね」
「はい」
 俺はあえて否定せずに、薄ら笑いのまま「はい」と答えた。
 木島社長は少し引きつった表情を見せたけれど、そんなことは関係ない。
 もうこれきりで、接待に呼ばれることはないだろう。
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