天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 それなのに、なぜかお茶を持った百合絵さんと、入るタイミングをうかがっている世莉が部屋の前に立ち尽くしていたのだ。
 それを見ただけで怒りが頂点に達したというのに――聞こえてきたのはあの下世話な会話だ。
 今すぐに障子を蹴破って、父親の胸倉を掴み発言を撤回させたかった。
 けれど……。世莉は怒るどころか、百合絵さんの心配をしていたのだ。
 どこまでも冷静で心優しい世莉を見て……、怒りに任せて行動しようとしていた自分が恥ずかしくなった。
 しかし、反省したにも関わらず、俺は、部屋で世莉にキスを迫ろうとしてしまった。
――ありがとうございます……代わりに怒ってくださって。
 恥ずかしげにつぶやく世莉を見て、気持ちを抑えられるはずがなかった。
 庇護欲を一瞬で煽られて、気づいたら彼女に触れてしまっていたのだ。
 世莉の気持ちを考えもせずにあんなことをしてしまった自分が……、心から許せない。
「優弦さん……、あの、先ほどの会話は……」
 怒りに震えてずっと俯き押し黙っていると、今もまだ木島家の接待中だったことを思い出してハッとした。
 木島財閥の長女――木島梨沙(りさ)さんは、ずっと気まずそうな顔で俺の様子を伺っている。
 空気を察した父親が、「私と似て、意外と愛妻家な一面があるだなんて、驚きでしたよ」と笑って俺の肩を叩いてくる。木島社長もそれに合わせて大きな声で笑った。
 何が愛妻家な一面だ……。自分の妻でさえ見下しているというのに……。
 冷めた目つきのまま木島さんを見つめると、彼女はびくっと肩を震わせ沈黙した。
 一度でも世莉を侮辱したことを、許せるわけがない。
 元々木島財閥には何の興味もなかったけれど、今日からはっきりと憎しみの対象になった。
「では木島さん、縁談の話はまた後程……」
「ええ。相良家の血筋の方なら安心です」
 どうやら今日は仕事の話のほか、木島家の縁談の話もあって呼び寄せていたらしい。
 一度破談になった家に再び縁談の話を持ち掛けるなど、どうかしている。
 けれど、木島家はとにかくうちの血筋であれば誰でもいいようで、俺の従兄弟を紹介されてまんざらでもない様子だ。
「では、私たちはそろそろ失礼するかな。さあ、梨沙、行くよ」
「嫌です……」
「梨沙……?」
「私やっぱり、優弦さんと結婚したかったです……!」
< 76 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop