全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「不審者だと思って通報しそうになったわ。こんなところでなにをしてるのよ」

「久しぶりにこっちに帰ってきたから、懐かしくなって街を歩いてた。この辺りに郁海の家があったよなぁって。まさか本人に会えるとは思ってなかったけど」

「そういうのは昼間にしなよ。危ない人だって勘違いされるでしょ」


 彼が照れ笑う仕草の中に、少しだけ面影が残っている。
 それに、十歳年上の私を“郁海”と呼び捨てにする生意気な部分はあのころのままだ。


「郁海はまだ実家暮らし?……結婚は?」


 自然と視線が私の左手に注がれるが、そこに結婚指輪などあるはずがない。


「結婚はしてない。でもあの実家は出たよ」

「そっか、結婚はまだなんだ。よかった」


 ついさっきまで早く結婚しろと母から散々説教をされたのに、逆によかったと言う人もいるなんて。
 そんなふうに考えたらおかしくて、ついフフフと笑みが漏れた。


「郁海、スマホ出して?」

「え?」

「連絡先交換しよ!」


 断る理由もないので、メッセージアプリでID交換をした。
 なにがそんなにうれしいのかと問いたくなるほど魁はニコニコしていて。
 なぜかその顔を見ていると穏やかな気持ちになれたから不思議だ。


 十五年ぶりに再会した魁が、このあと私と大きく関わることになるなんて。

 ――― このときは思いもしなかった。

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