全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「年の離れた弟みたいなもんだしね」

「俺は郁海を姉だと思ったことは一度もない。実際、姉弟じゃないだろ」


 魁は先ほどまでのニヤニヤを一瞬で引っ込めて、今度は眉根を寄せた。

 彼は私が言った“特別”の意味を誤解している。
 たとえ魁の家でふたりきりになったとしても、身の危険は感じないと思ったのだ。
 私の知っている魁が、急に襲ったりするわけがない、と。


「ていうか、また飯食いに行こうって誘っても、郁海は忙しいって、いつもそればっかりだよな」


 魁の言うとおり、私たちは姉弟ではない。
 魁を弟扱いするのは、距離を置くための言い訳だと、自分が一番よくわかっている。
 私たちは近づきすぎてはいけないのだ。


「俺、今日は会社から有休を消化しろって言われて休みなんだ。郁海は何時に終わる?」

「私は……十八時には終わるけど……」

「じゃあ、その時間にまた来る。郁海が出てくるまで外で待ってるから」


 目力の強い眼差しでそう告げて、魁はそのまま店を出て行ってしまった。

 話の続きはあとで、という意味なのだろう。
 逃げることは許さない、と目で訴えられた気がした。

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