離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 気持ち悪さをこらえて玄関のほうへ進むと、そこにいたのはやはり忍さんだった。
 
 急いで駆けつけたんだろう。
 
 髪はまだ濡れていて、息を乱し肩を上下させていた。
 
 私は慌てて壁のうしろに隠れ、息をのんで様子をうかがう。
 
「夜分遅くに申し訳ありません。妻を迎えに来ました」
 
 彼の口から出た妻という響きに、胸が締めつけられた。
 
「君のような男に、琴子は任せられん。悪いが帰ってくれ」
「ということは、琴子さんはここにいるんですね」
「……聞こえなかったか。帰れと言っている」
 
 ぞくりと震えるような、威圧感のある低い父の声。
 
 その場の空気が凍りつく。
  
 けれど忍さんは少しも動じることなく、落ち着いた声で言った。
 
「帰りません。琴子さんときちんと話をするまでは」
「琴子となにを話そうというんだ」
「彼女とお腹の子を幸せにしたいんです」
 
 彼の誠実な気持ちが伝わるまっすぐな声だった。
 
 聞いているだけで胸が震える。
 涙がこみあげてくる。
 
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