離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 家ではいつも父の決定に従うだけでそれが当然だと思ってきたから、すごくうれしかった。
 
 たどたどしく言った私を見て、忍さんはあきれたように笑う。
 
「男は下心があれば、いくらでも女に優しくできるんだよ。そんなんじゃ、悪い男に騙されるぞ」
「じゃあ、忍さんは私を騙す悪い男?」
 
 私がたずねると、「だったらどうする?」とこちらを見下ろした。
 
 黒い髪の間からこちらを見つめる視線がやけに煽情的で鼓動が速くなる。
 
 忍さんなら、悪い男でもいい。
 そう口にしようとすると、彼がふっと息を吐いた。
 
「行こう」と私の手を引いて歩きだす。
 
 ふたりで手をつないで、ゆっくりと水族館を見てまわった。
 
 イルカやアシカのショーの時間とかぶったのか、館内は空いていてゆったりとした空気が流れていた。
 
 たどりついた深海魚のコーナーは、照明が抑えられていてひと気もなかった。
 
 かすかな光の中、不思議な形をした魚たちがゆったりと泳ぐ静かな空間。
 
 水槽の中を泳ぐ魚を目で追うふりをして、忍さんを盗み見る。
 
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