離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 いくら忍さんを好きになったって、もう二度と会うことはないのに。
 
「愛?」
 
 忍さんが名前を呼んだ。
 
 それは私の本名ではなく、アプリに登録するためにつけた嘘の名前だった。
 
 そうだ。私は一生に一度の冒険をするために彼に会ったんだ。
 
 顔も知らない男の人と政略結婚をする前に、一度でいいからときめくようなデートをしてみたい。
 
 そう思って、ひとみに協力してもらい別人のように変身した。
 
 だから……。
 
 私はぎゅっと手を握りうつむくと、勇気をふりしぼって口を開く。
 
「キスしてくれたら、機嫌を直してあげる」
 
 平静を装ったつもりだったけど、その声は緊張で小さく震えてしまった。
 
 忍さんは黙り込んだまま返事をしてくれなかった。
 
 私はどうしていいのかわからず、自分の足元をじっと見つめる。
 
 女からキスをねだるなんて、あきれられたかもしれない。
 
 身のほど知らずだと不愉快に思われたかもしれない。
 
 やっぱりこんなこと言わなければよかった。

 私が後悔しかけたとき、忍さんが小さく息を吐いた。
 
「なんだ。そんなことでいいのか」
 
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