一度は消えた恋ですが、あなたの愛を取り戻しました
プロローグ


世田谷の住宅地にある打ち放しのコンクリートを大胆に使った門の前に立って、紗羽(すずは)は深呼吸をした。
ここにくるのは久しぶりだ。
屋敷の外観はなにも変わっていないように見えるが、高い塀の上にちらりと見える木々がずいぶん枝を伸ばしている。
八月下旬だというのに、まだ蝉しぐれがうるさいくらいだ。この夏の暑さのせいだろうか。
この時期、広大な庭の芝生も青々としていることだろう。
紗羽は薄手のスーツの襟を指先で整えた。
上品なクリーム色は紗羽によく似合っていると店で太鼓判を押されてはいたが、少しの乱れもみせたくないのだ。
午後の日射しが強くて汗ばむくらいだが、指先が冷たいのは緊張しているせいかもしれない。

(この屋敷に戻れなくなったのは三年前の秋……九月だったわ)

あの頃、『いつお戻りですか?』『お月見の準備はいかがいたしましょう』と家政婦が何度も連絡をくれたことを思い出した。

(私、なんて答えたんだったっけ……)

忘れていた日常の会話が、屋敷に再び戻ったことで蘇ってきたようだ。

すっと息を呑みこんでから紗羽はインターフォンを鳴らした。
応答を待っていると、年配の女性の声がする。

『どちら様でしょうか?』
「紗羽です」
『えっ⁉』

相手の戸惑う声が聞こえたが、すぐに門扉が大きく両側に開いた。
紗羽はまっすぐに正面玄関に向かう。
オーク材の玄関ドアがガタンと音をたてて開いたと思ったら、小柄な女性が転がるように飛び出してきた。

「お久しぶりです、三船(みふね)さん。」

「紗羽さん……」


< 1 / 154 >

この作品をシェア

pagetop