一度は消えた恋ですが、あなたの愛を取り戻しました


よく通る声を響かせて、ひと通り話し終えた匡がオペレーションルームを見わたした。

「いや、よくわかりました。森末社長。ビルが完成したらぜひ見学にいらしてください」

匡は少し微笑んだ。
もう少し工事が進むと、匡の会社が担当するセキュリティーや情報システム関連の工事が始まる予定だ。
その説明を部下に任せてから、彼は部屋を出た。今日はこのあと立ち寄らなければいけない場所があるのだ。

「社長、お疲れさまでした」

秘書の山根が社有車の後部座席のドアを開けた。
匡がシルバーの社有車に座ると、ドアを閉めて助手席に乗り込んだ山根が黒いネクタイを差し出してきた。
通夜だからこれに変えろと、暗黙のうちに指示しているのだろう。

「ここからだと一時間はかかるか……」
「そうですね、夕方は高速も混みますので」

黒縁の古風なメガネをかけている山根はそろそろ五十代半ばになるが、先代からずっと秘書室長を務めている。
匡にとっては会社の生き字引であり、父親代わりともいえる得難い存在だ。
両親のいない匡にとって、プライベートなことでも遠慮なく相談できる相手だった。

「さすがに気が滅入るな……」

彼らが向かうのは取引先の電子部品メーカー小椋電子(おぐらでんし)の社長の通夜だ。
取引も長いし、真面目で仕事熱心な社長だったから匡も頼りにしていた。
匡が父を亡くして急にモリスエ・エレクトロニクスを継ぐことになったとき、全力で彼を応援してくれた人物だ。
仕事への取り組み方、社長としての心配り……たくさんのことを匡に教えてくれた恩人でもある。
だが先日、交通事故で突然この世を去ってしまった。



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