俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました
「ありがとう。わたし、美才治(みさいじ)さんに……」

「それも」

「え?」

「なに、美才治さんって」

「だって、志波(しば)さんは偽名だったんでしょ?」

「違う。お互いに名前で呼ぼうって話もした」


恨みがましい目を向けられ、先ほど同様に記憶のない美夜は斜め上を見上げた。

一夜を明かした翌朝に名前を連呼され、くすぐったい気持ちになっていたことを思い出した。


「美才治さんだなんて他人行儀、やめてくれ」

「無理だよ。他の従業員もいるのに」

「仕事中はいい。でも二人の時は名前で。いいね」


人に命令しなれているなぁと思いながら頷いた。有無を言わせない迫力がある。


「結論をいうよ、美夜」


音夜(おとや)は前のめりだった姿勢を正し、胡坐を正座に変える。
気持ちを切り替えるため短く息を吐くと、真剣な顔をした。


「結婚しよう。美夜を愛している。夜尋(やひろ)と三人で、家庭を築きたい。これからは君たち二人を、俺に守らせてくれ」

「――――――」


叶わないと夢に見ていた言葉は、いとも簡単に告げられた。


「今まで、ひとりで大変な思いをさせてしまってすまなかった」


音夜が謝る必要はない。美夜は大きくかぶりをふった。
謝らなければいけないのは美夜のほうだ。


妊娠を告げなかったのは美夜だ。臆病だったせいで、勝手な思い込みで、音夜から夜尋を奪ってしまった。

あの時逃げなければ、違う未来が待っていたのかもしれない。


「―――大切にする」


嬉しい。うれしくてたまらない。夜尋に、この人がパパだよと教えてあげられるんだ。
それを想像したら涙が込み上げた。


美夜の潤んだ瞳を見ると、音夜は目を細めた。

「そういえば、泣き虫だった」


ぼろぼろに泣いたあの夜を揶揄した。


「美夜、お願い。俺のことも好きだと言って」


自信に満ちた男からの切なる願いに、その瞬間は、うじうじと渦巻いていたすべての不安が吹き飛んだ。
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