俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました
あの時、あの朝の音夜の態度に、何も感じなかったわけじゃない。

本当に愛情があるのではと感じたのに、気のせいだと見ないふりをしたのは、自分に自信がなかったからだ。

自分も好きだと伝えてもいいのかな。
この手を、とっていいのかな。


「っ…お、おと、や……」


呼びなれない名前をたどたどしく呼ぶと、「うん?」と優しい相槌があった。

この腕の中に飛び込みたい。
もう裏切りたくない。


見つめ合っていると、鼻が触れそうなほど顔が近づけられた。瞬きの音も聞こえそうなほどの距離で、吐息が唇を撫でる。


――――今にも、キスをしてしまいそう。


頬をゆっくり撫でる手をうっとりと見つめた。
その腕を見た時に、脳を揺さぶられたような衝撃があった。


(――――あ……)


その手首には、スーツ姿の時に見た腕時計が嵌められたままだった。

一般人には、とてもじゃないけれど手はでない。
家が一軒買えるほどの値段がする腕時計。


(こんな高価な時計をして、お風呂掃除するの……?)


頭が冷える。音夜のことを好きだと思う。
尊敬している。
信頼している。


――――けれど、以前よりもっと、雲の上の存在だ。


釣り合わない。


ふと出た思いは、卑屈まじりな気持ちだった。
ふいと顔を逸らすと、音夜の瞳が揺れた。


「急にこんなこといってごめん。でもずっと探していた美夜に会えて、子供までいるってわかって、いてもたってもいられなかった。すぐに断られたくない。俺はあの日からずっと、美夜だけなんだ。俺とのこと、考えてほしい」


自分は、この人を幸せにしてあげられる?

なんと答えていいかわからず逡巡していると、廊下から声がかけられた。



「美夜ちゃーん! いる?」

女将の声だ。
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