俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました
音夜と目配せをする。


「運賃はおいくらですか? 一度、旅館で立て替えます。領収書をいただけますか。但し書きに……」


音夜はおじさんの背中に手を添えて、車両の方へと促した。
大変でしたねと親身になり、あとはこちらにお任せくださいと安心させる声がけをしている。


二人が離れていくと同時に、美夜は女の子をソファへと誘導した。
大きな荷物を抱え、だぼついたマウンテンパーカーとスニーカー姿。
もうすぐ初夏とはいえ山の上だ。肌寒かったのか、体をまるめていた。しきりに腕や腰を撫でている。


見たところ10代くらいだ。
どんな事情があるのかわからないが、女同士の方が話しやすいのではと判断した。

これが中年男性や気難しそうな年上だと、対応の担当者は変わってくる。


女の子をソファに落ち着かせると、暖かいお茶とお茶請けを出した。お茶請けは星林亭《せいりんてい》の名物である温泉饅頭だ。

お腹がすいていたらしく、最初の1つを三口くらいで食べてしまった。女の子はむっつりとした顔で二つ目のフィルムを剥がした。


「仲居の手嶋といいます。落ち着いたら名前を聞いてもいいですか」


幼く見えたので、あまりかしこまらない口調にした。


「外山《とやま》ナオ」

「歳は?」

「16」

「今日はどうしてここに?」

「住み込みの求人情報を見たの。わたしここで働きたいんです」


どうやら宿泊客ではなさそうだ。


「あの、これもっと貰えますか?」


外山ナオは饅頭を指さした。頬を赤くして恥ずかしそうにはしているが、我慢できないといった様子だ。



お客様は丁寧にもてなさなくてはいけない。

けれど、一人だけを特別待遇にするわけにはいかない。
ましてはタクシーに無銭乗車出来た子供。年齢からいうと高校生だが、学校へは行っているのだろうか。

どう受け入れるべきか悩んだ。



「そのお饅頭、旅館で一番人気のお土産なの。とってくる。待ってて」


逃げる気配はないが、夜勤の女の子を捕まえて、ナオを見ていて貰うことにする。

女将と支配人は朝一番の出勤なので寝ている時間だが、伝えるべきだろうと判断した。
慢心しない。
自己判断をしない。
思い込まずに相談をする。


前職で失敗したことを、繰り返すつもりはなかった。
饅頭を取りにいきながら、二人に連絡をつけることにした。
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