忘れさせ屋のドロップス
 天井がアーチ型になっている水槽のトンネルをくぐりながら、あたしは背の高い遥を見上げた。

「綺麗だな。あ、華菜、亀いんぞ」

 綺麗な薄茶色の瞳に水槽の蒼が映り込んで、見惚れてしまう。

 あたしは水槽の魚たちよりも、遥ばかり見ていた。

 こうやって背の高い遥を見上げるのも、きっと最後だから。

「ほんとだ、大きいね」

 あたしがスマホで撮った写真を、遥が覗き込んだ。肩が重なって、遥の甘い匂いがする。

「華菜は写真撮るの上手いよな、いいじゃん。綺麗に撮れてる」  

 思わず、遥を見つめた。

「……どした?」

「遥、腕組んでいい?」

 遥は、あたしの目をじっと見つめて、いつもと違って、少しだけ間があった。  

「どーぞ」

 あたしから視線を逸らすと、そう言って、ゆっくり歩き出す。

いつもみたいに、あたしの履いているヒールの靴と歩幅に合わせて。


 遥が小さな水槽の前で足を止めた。

「遥?」

 薄茶色の瞳を吸い込ませるように、その揺れて仄かに発光する生き物を、遥は瞬き一つせずに静かに眺めていた。

 以前来た時は、見向きもしなかった水槽だ。すぐに遥の目を見てわかる。

 だれを想って、遥がこの水槽の前で足を止めたのか。


「……儚いよな、海月ってさ……」

「遥?」

「綺麗なんだけどさ、目離したら、消えてしまいそうでさ。泣いてるみたいに見える」

「……行こう?……遥」
 
 遥を見るのがツラかった。

 絡めた腕からは、遥の温もりがあったかくて、遥の声がすぐそばから聞こえてきて、その言葉は、あたしに向かって発せられているのに。

 遥の心だけは、此処には無いから。
あたしが一番欲しかったのは、遥の心だったのに。
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