忘れさせ屋のドロップス
三角ハンドルの蛇口を捻る。
熱のこもった身体を冷ますように、私は、両手で水を溜めて口から流し込んだ。血の滲んだ唇の端が針を刺したように痛んだ。
此処はどこだろう。
随分遠くまで来たと思う。無我夢中で走ったから。
右も左も分からなくて、ただあの人から遠くに行ければそれで良かった。
青色の円形のジャングルジムと、ウサギとパンダの色のハゲた遊具がある小さな公園。
楕円形の砂場の前のスチールのベンチに私は腰掛けた。
急に沢山走ったからだろう。心臓が音をたてて、呼吸が苦しい。
遥から運動禁止と言われたことが頭を掠めた。
(渚さん……、遥……)
サヨナラも言えず、あの家に戻れなくなるとは思ってもなかった。
深呼吸をしながら、大丈夫だと何度も自分に言い聞かせる。
時間の感覚がおかしくなっているのか、呼吸が楽になってから、ぼんやり空を眺めていたら、陽が翳りオレンジ色を纏い始めていた。
「野宿かな……」
渚さんが一緒に住んでくれなかったら、どこにも帰る場所も行く場所もない私は、元々野宿しようと思っていた。
もう本当にどこにも帰れない。帰る場所がないんだ。
真っ暗のスマホを見つめた。
遥が、心配してくれてる気がした。探してくれてる気がした。
「遥……」
名前を呼んだら涙が溢れた。
ーーーー何でだろう。遥の名前を呼ぶたびに胸がきゅっと苦しくなる。そばにいると安心して、そばにいないと途端に不安になるのは何でだろう?
でももう、渚さんにも遥にも会えない。帰れない。あの人がいつ訪ねてくるかもわからないから。
スマホも捨ててしまおうか。でもコレがなくなったら本当にひとりぼっちだ。
本当のひとりぼっちになる勇気もないのに、家出なんてして、私はやっぱり、子供なんだろう。
私は、電源の入ってないスマホを握りしめた。