忘れさせ屋のドロップス

「で?朝から何してた訳?」

姉貴が上機嫌で唇を持ち上げている。

「うるせ。何もしてねーし」

「へぇ……あんな目立つとこに遥のもんだって印までつけといて?ガキだな、そんなに忘れられてたこと根に持ってんの」  

「……朝から、めんどくせーな」

「記憶が戻って嬉しい癖に」 

姉貴が俺の額を、コツンと小付く。

「良かったね、大事にしてやんなよ」

(んなこと、分かってんだよっ)

俺は、黙ってトーストに齧り付いた。



遥と渚さんの声が小さく聞こえる中、着替え終わった私は、寝室の扉を開けて、おずおずと『spring』の席についた。

「あ、有桜ちゃん、改めておはよっ、先に頂いてたよ」

渚さんが私の頭をふわりと撫でた。

「あ、あの、その、ごめんなさい。心配、かけて」

「全然!拗ねてたのは遥ぐらいだからね」

ウインクをするのを見て、遥が首の後ろを触りながら、うるせーなとそっぽを向いた。

「ええと、私どのくらい、遥のこと…」

「8日と12時間くらい」

遥が口を尖らせた。
 
「あ、ごめ、んね」

「別に、気にしてねーし」

渚さんが、明らか気にしてんだろ、と笑うより先に、拗ねた子供みたいな遥が可愛らしくて私が笑ってしまった。

「良かったね」

渚さんが優しく私の頭を撫でる。そのまま渚さんの掌が私の口元に触れた。

「……後でうちにおいで。消毒もしてあげるから」

渚さんは聞かない。どうして私の口元に傷があるのか。でも、きっと分かってる。だから消毒も、なんだろう。

「え、あの……私」

ちらりと遥をみると、今度は遥が頭をくしゃっと撫でた。ドロップスの甘い匂いがする。

「後片付けも洗濯も掃除もしておくから、姉貴んとこ言ってこいよ、俺、此処居るから」

「出かけたり、しない?」

「俺?行かないよ、有桜帰ってきたら買い物でも行こうぜ、待ってるから」

遥の『待ってるから』の言葉が嬉しくて、笑った私を見ながら、遥も、嬉しそうに唇を持ち上げた。
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