忘れさせ屋のドロップス
「早く行けよ」

絞り出すように発した声は、自分でもわかるくらい震えてた。

俺は、明日から有桜が隣に居なくなったら、どうなるんだろうか。

ーーーー行くなよ。何処にも行くな。頼むから……俺の側にいて。

淡いピンクのボストンバックを、手に持つと、扉に向かって有桜が歩き出す。有桜は振り返らない、そんな気がした。

でももし振り返ったら……きっと俺は駆け出して抱きしめてたと思う。

有桜をあんなに泣かせておいて、それでも、もう嘘つくのに限界だったから。何処でもいい。二人だけで遠くに行ってしまえたら。有桜以外何にもいらないから。

扉がカランと閉まって、俺はそのまま膝をついた。有桜の居なくなった部屋はしんとして、もう孤独を、実感する。

床に落ちた水滴が、自分の目から溢れたことに気づいた。

『遥、何処にも行かないで』

「ごめんな……」

『遥、大好きだよ』
 
ーーーー俺も好きだよ。

有桜のことが、もうちゃんと好きだから。
 

最後まで言えなかった。

本当は離したくなかった。

有桜と一緒に居られたら、ただそれだけで良かったから。

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