忘れさせ屋のドロップス
桐谷秋介は思わず、目を見張った。

「来んなっていってんのに」

 ソイツに聞こえないと分かってて声に出した。
『桐谷家之墓』と刻された墓石には、向日葵の花が供えられていた。

ーーーー那月の好きだった花。

 墓の前で長身を折り曲げて、小さく丸まってソイツは眠っていた。いつから此処に居たんだろうか。穏やかな陽の光を浴びながら、春風に赤茶の髪が揺れた。 


ーーーーったく、俺の弟はどうしようもないヤツだ。

強がるくせに脆くて、甘えないくせに寂しがり屋で。放っておいたら捨て猫みたいに、小さくなって泣いてるようなヤツで。

那月の事を、誰よりも愛してくれたヤツだ。

「遥」

 一呼吸して、遥を揺り起こす。
長い睫毛が揺れて、薄茶色の瞳が俺を映した。

「あ……なんだ、秋介かよ」

「なんだじゃない、来なくていいって言っただろ?」

「暇だったから」  

「もうちょっとマシな嘘( つ)けよな。……いくら待っても、那月は来ないよ」 

ーーーー遥は何も言わない。図星だから。
那月は来ないし、此処に眠ってもいない、と俺は思ってるし、遥だってわかってるはずだ。それでも、待ち続けてくれる遥に、俺は、何て声をかけてやればいいんだろうか。
 

「おまけに墓で寝るヤツがあるかよ」 

 こんな言葉しか出てこない。手を差し伸べて、遥を引っ張り上げた。デカいガキだな。

「……一度でいいのにさ」 

 遥が小さな声で呟いた。

ーーーー那月に、会いたい……か。

 俺も会いたい。できることなら。

「遥……ありがとうな」

「別に、俺が来たいだけ」  

「てゆーか、そんな顔して会いに来られても那月も困るだろ」

 柔らかい赤茶の髪をくしゃっと撫でた。

「っ……ガキじゃねーんだからさ」

「俺からしたら、いつまでもガキだよ。いつまでも放っておけない位」

 黙った遥が、ドロップスを口に放り込む。 俺は小さく溜息を吐く。 

 コイツは片時もドロップスを手放さない。いや、手放せない。

「それ、ちゃんと渚の言う通り食べてる?」

 遥は俺をちらりとみて、視線を逸らした。

「言ったよな?ちゃんと遥が幸せになる為に食えよ。渚はな、お前にひとりぼっちで、その辺の女抱かせるために、ドロップス作った訳じゃねぇよ。分かってんだろ?」 

 那月の墓の前だ。ちょうどいいのかも知れない。
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