冷徹御曹司は過保護な独占欲で、ママと愛娘を甘やかす
「明日海、違ったらすまない。しかし、噂を聞いてな」

それまで黙っていた父が口を開いた。

「おまえが、笛吹専務……豊さんの車で出かけたのを見たという話が」
「誰から聞いたの?」

私は父を見た。心は不思議と冷静だった。

「うちの営業部の木村部長だ。ひと月くらい前、笛吹製粉本社での会議に行っていて」

両親は普段外泊をしない私が一晩帰らなかった日を思い浮かべているのだろう。そして、まさにその日に私は身ごもったのだ。豊さんの子を。

「お腹の子の父親は豊さん? やだ、そんなわけないじゃない」

私はふっと微笑んだ。

「あの日は、望の件で豊さんに謝罪に行ったの。それで私がつい泣いてしまって。哀れに思ったみたいで、家の近くまで送ってくれたのよ。私のことなんか嫌いだろうに、優しい人よね」
「そうか……、すまなかった。変なことを言ったな」

父は固い表情をそれでも笑みに変えた。両親が私のついた嘘をどう思うかわからない。
しかし、証明すべき手段はないのだ。

「なるべくお父さんとお母さんに迷惑をかけないようにするね」
「明日海」
「家族が増えることだけ、喜んでもらえたら嬉しいな。図々しいかもしれないけど」

母が私をぎゅっと抱きしめた。母は泣いていた。


私が笛吹製粉株式会社を退職したのは、それからひと月後のことだった。




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