愛を知るまでは★イチゴキャンディ編★
男に慣れろ
「マジで合コンに参加したいって?!」

沙耶が驚くのも無理はなかった。

これまで散々誘われても乗ってこなかった私が、自ら合コンに行きたいと告げたのだから。

「うん。沙耶の言う通り、もうそろそろ男子にも慣れておかなきゃと思ってね。」

「ふーん。どういう風の吹き回しか知らないけど、つぐみがそう言うなら私も張り切っちゃう。」

「うん。でも何卒お手柔らかにお願いします。」

「でもつぐみ、いいの?この前言っていた知り合いの知り合いさんのことは。

気になっている人なんじゃないの?」

相変わらず沙耶はそういうことに鋭い。

「ああ。鹿内さんのことね。」

「その知り合いの知り合いって鹿内さんって言うの?」

「そう。ウチの居候。一応アノ人の仲間内では、私は彼女ってことになっているらしいけど。」

私は事の顛末を沙耶に話した。

「ぎゃははは!なに、つぐみ、そんなに面白いことになってんの?超ウケるんですけど!」

「笑いごとじゃないって。下手すると秘密をママにばらすって脅されてるんだから。」

「ねえ、写メないの?見せて見せて!」

私はスマホに写っている、鹿内さんが煙草をふかしている写真を沙耶に見せた。

「おー!!イケメンじゃん!!」

「こうやって友達に自慢するのもメリットだって言うんだよ?どんだけナルシストなんだか。」

「この際、本当につき合っちゃえばいいじゃない。」

「沙耶、私の話ちゃんと聞いていた?あの人は女が大嫌いなの!恋愛はドーパミンの仕業なんだって。私だって出来れば一生に一度くらいロマンチック乙女モードしたいわよ。だからそんなヤツこっちから願い下げだわ。」

放課後の教室はもう人影まばらだった。

きっとみんな、部活動にいそしむか帰宅しているのに違いない。

私と沙耶は窓際の席に座って、校庭でソフトボール部が白球を追いかける様子をぼんやり眺めていた。

「ところで合コンってなにするの?」

私の問いに沙耶は首をコクンと落とした。

「何、そこから?」

「だって一回も行ったことないもん。」

「仕方がない。説明しよう。合コンとは男女合同コンパの略式名称であり、

男女が出会いを目的として行われる飲み会のことである。

あ、でも私たちはまだ未成年だからお酒は飲まないけどね。

結論から言うと、男女2つのグループで行う飲み会のことであーる!」

「ふーん。」

「人数は大体3人ずつから5人づつが一般的ね。」

ミニのスカートから見える足を組み替えながら沙耶の説明はつづく。

「合コンの良いところは、相手の友人関係を見ることが出来る点だよね。

合コンでの立ち振る舞いで、なんとなくその男の役回りが見えてくるものよ。

お笑い担当なのか、全体が見えているかどうか、リーダーシップを取りたがる人なのか。

ただし、相手も同じようにこちら側の女子の特性を見極めているからおあいこだけど。」

「ふむふむ」

「警戒しなければならないのは、人数合わせで来た彼女持ちの男。

奴らはその気もないのにタダ飯タダ酒を食らいにやってくるの。

そういうのに限ってイケメンだったりするから始末に負えないのよね。

そんなのに関わっていると意味もなく時間が過ぎていくだけだから、見極めが肝心よ。」

「でも私、彼氏が欲しいというよりかは、男性に慣れる為に行きたいだけだから。」

「駄目よ、そんなあやふやな気持ちで行っては。合コンは男と女の言わば駆け引きの場なの。

戦場なの。そんな中にふわーっとした気持ちで行ったら、つぐみ、あんた食われるわよ。」

「食われるって・・・」

鹿内さんが言っていたヤリ目という輩か。

「つぐみみたいな大人しくて内気そうな女子を好物にしている男はどこにでも一定数いるの。

ちょっと優しい言葉を掛けられて、お持ち帰りでもされたらどうなると思う?

私は大切な親友をヤリ逃げされたくないの。

だから目的を持って自分の好みの男をゲットするくらいの意気込みがないと駄目よ!」

「好みの男・・・か」

そんな男はいない。

いた試しがない。

「ちなみにつぐみはどんな男がタイプなの?」

そんなことを聞かれても、私にはまったく答えがみつからなかった。

パパみたいな人とか言ったらファザコンだと思われるだろうし、多分100人中95人が答えると思われる回答しか思いつかない。

「・・・優しい人、かな?」

「出た!女子の常套句、優しい人がタイプなの発言!いい?

自分にだけ優しくても店の店員に偉そうにしていたり、

後輩に尊大な態度をとったりする奴はダメンズよ。

そのうち彼女のことも顎でこき使うようになる奴よ。

だからと言って誰もかれもに優しい奴は八方美人だし、

母親に特別優しい奴はマザコンの可能性大。

優しいっていうのは匙加減が難しいのよ。」

「そ、そうなのね。」

沙耶のマシンガントークに慄く私に、沙耶はアメリカ人のようなポーズを取った。

「やれやれ。これだから女子中高純粋培養女子は!いいわ。

あんたは私の横にずっといなさい。

私がひとりひとりを見極めてGOサインを送ってあげるから。」

その後、私と沙耶は学校を出ると、合コンに着ていく服を買いに、駅近くにあるショッピングビル3階フロアにある女子力高めの洋服を売りにしている店に入った。

「そういえばいまさらだけど、つぐみ髪型変えたよね。カワイイじゃん。」

「それ、今頃気づく?」

「いや、朝から気づいていたけどさ。

髪型といい合コンの件といい、やっぱりその鹿内サンとやらの影響が大きいんじゃないの?」

沙耶がニヤリと意味深に笑った。

「確かにあの男に馬鹿にされたくない、という気持ちは大きいかも。」

「ふーん。あ、これ良くない?」

沙耶が手に取ったのは、薄いピンクの袖がふんわりとしたトップスに

黒いフレアスカートが繋がったワンピースだった。

フレアスカートはレース生地になっていて

女らしさのなかに可愛さが同居しているような服だ。

「なんかちょっとオトナっぽ過ぎない?」

「つぐみはガキっぽいんだから、コレくらいでちょうどいいのよ。」

そう言いながらその服をハンガーから外してしまった。

「いや私はこっちの方が」

私が木綿のグレーのワンピースを指さす。

「なんか地味だなあ。」

「地味かな?」

「じゃあ両方買っちゃえ!」

私は予算大幅オーバーになるのを覚悟で、両方の服をレジ台に持って行った。



合コン会場はお洒落な洋風居酒屋の個室の一室だった。

個室といっても薄いカーテンひとつで仕切られているだけで

隣の部屋の笑い声が絶えず聞こえてくる。

女性側は同じクラスの森山美里、沙耶、私の順で横並びに座り

向かい側にはチャラそうな茶髪、銀縁眼鏡をかけた秀才タイプ、

木綿のチェックシャツを着た小太り、の男達が座っていた。

彼らは皆、日法大学3年の文学科を専攻しているという。

一見全く共通点のなさそうな3人だけれど、

旅行研究部というサークルの仲間だということだった。

店員さんが男達に生ビール、女達にウーロン茶を配り終わり部屋から出ていくと、

茶髪の男がスクッと立ち上がり、生ビール片手に話し始めた。

「まあ固い事は抜きでとりあえず乾杯でもしましょうや。はい、カンパーイ!」

「カンパーイ!」

沙耶と美里もノリノリでグラスを持ち上げた。

皆が一通り飲み物に口を付けるとまたもや茶髪男が声を上げた。

「それでは自己紹介タイム!

俺は今回の幹事&旅行研究部副部長をしている所沢文也です!

趣味は単車を飛ばすことと格闘ゲームをやること。よろしく。」

どうやらこの所沢なる男が、今回の合コンの仕切り役らしい。

すると次は銀縁眼鏡がフレームを持ち上げたあとにっこりと笑いながら、

所沢の後を引き継いだ。

「僕は久喜徹郎です。旅行研究部では会計を務めております。

趣味は数独と読書、主に純文学が好きで、愛読書は人間失格です。

別に又吉を意識しているわけじゃないですよ。ふふふ。」

ここは笑うポイントだったのだろうか?

しかしクスリとも笑いは起こらず、盛大にすべった久喜はこほんと小さく咳をして

静かに椅子に座った。

続いてチェックシャツが立ち上がった。

「僕は熊谷守といいます。旅行研究部では一般部員です。

趣味はDVD鑑賞とフィギュア集めです。よろしくお願いします。」

フィギュア集めか。

アニメオタクというヤツだ。

いや、オタクだからとバカにしてはいけないな。

彼らも男というカテゴリーの一サンプルなのだから。

「じゃあ次は私達女子の自己紹介をします!」

沙耶は熊谷の自己紹介で少し淀んだ空気を跳ね飛ばすように、

いつもより少し高い声で言った。

「私は河本沙耶。桜蘭高校2年です!」

男たちがおおーとどよめいた。

どうやらお嬢様学校で有名な桜蘭高校の名を出すことは、

自らのブランド力を高めるらしい。

「趣味はお菓子作りです!」

おや?沙耶が手作りのお菓子を学校に持ってきたことなんて一度もないけど。

次に美里が口にウーロン茶を含んだ後、声を発した。

「森山美里です。バトミントン部で副部長しています。ジャニーズの山Pがタイプです。よろしく。」

美里は沙耶が無理を言って連れて来た、いわゆる数合わせ要員だ。

クールビューティな美里は後輩女子からモテモテの宝塚女優みたいな女の子だ。

そんな美里も彼氏はまだいないらしく、いそいそと沙耶の誘いに乗ってきた。

しかしタイプが山Pとは大きく出たもんだ。

自分で男性へのハードルを大きく上げてしまっているんじゃない?

「つぐみ、あんたの番よ」

沙耶に腕をつつかれて、私はぎこちなく椅子から立ち上がった。

「えっと・・・山本つぐみです。趣味は料理と手芸です。よろしくお願いします。」

「つぐみは合コン初めてだからお手柔らかにね。」

沙耶が男達にそう告げると、またもやおおーとどよめきの声が上がった。

いまどき合コン初心者は珍しい者扱いなのだろうか。

私達の自己紹介が終わるのを待ち受けていたかのように、店員さんがおつまみを運んできた。

唐揚げを箸でつまんでいる私に、熊谷さんが話しかけてきた。

「山本さんは好きなアニメなどありますか?」

「銀色のバスケの王子様とかはよく見ます。」

銀色のバスケの王子様は、銀髪の主人公がなんやかんやで活躍し、その周囲の人々を巻き込み、バスケットを通して物語を繰り広げる、笑いあり涙ありの、ドタバタギャグコメディアニメだ。

「ああ銀バスね。あれ女子にも人気あるんですよね。誰推しですか?」

「ええと、やっぱり土方国光かな。」

土方国光は主人公とよく喧嘩をする、ツッコミ的存在だ。

私はどちらかというと主人公より2番手キャラの方が好きだ。

「土方ねえ。彼もいいけどおいらはやっぱりみるるんですね。

僕はああいうちょっとドSな感じのキャラが好きなんですよ。」

「ドS?」

「はい。いつもはしっかり者でツンツンしてて、でも実は主人公をとっても愛していて甘やかす、そんなキャラが好きなんです。」

それってツンデレ萌えってヤツ?

男っていうのはツンデレが好きな生き物だよね。

それからも熊谷さんは自分の好きなアニメキャラの事を滔々と語りだした。

私は途中まで辛抱強く聞いていたけれど、堪え切れず途中で遮った。

「あの!熊谷さんは彼女がいたとして、

彼女と自分の好きなアニメキャラ、どちらが大切なんですか?」

すると熊谷さんは何を当たり前のことを聞くのかといった様子で、こう答えた。

「僕の趣味に共感してくれる彼女なら・・・彼女かな。」

「はあ」

「気持ち悪いですよね?こんな男。」

ふいに熊谷さんはぽつりとつぶやいた。

「僕なんか見てのとおりのオタクだし、生身の女性と付き合ったこともないし、

モテないのは自覚しているんです。

今日も人数合わせで駆り出されただけですし」

「そんなことないですよ。夢中になれる趣味があるというのは素晴らしいと思いますし。」

「え?」

「好きなものは好き、それでいいじゃないですか。それが熊谷さんなんですから。」

「そんなこと言ってくれるのは山本さんくらいですよ。ありがとう!」

熊谷さんは私の両手を取って、大きく上下に振った。

ふくよかでぷくぷくしているその手は汗で湿っていて、背筋がぞわっとした。

でもこれも男嫌いを治す為・・・我慢、我慢!!

そして私はこのオタク男、熊谷守と連絡先を交換した。

「ちょっと私達、お手洗いに!」

沙耶は熊谷さんから私の手を引き離すと、私と美里をトイレに誘った。

合コン一時休戦タイム、というやつだ。

「今日はハズレね。日法大学だっていうからもっとレベルの高い男を期待していたのに。」

そう言い放つと、沙耶は鏡を見ながらリップクリームを塗りなおした。

「3人とも自分語りが多いくせに、人の話は全然聞かないじゃない。」

「そうかな。所沢さんは結構イケてると思うけど。」

美里が首をかしげる。

「私の統計からいくとね、耳にピアスしている男は浮気する確率90%なのよ!」

さっきまでの甲高い声から一変、沙耶はやさぐれ女に突如変身した。

「あの耳ピアスがいいんじゃない。ヤンチャな感じでさ。

それにグイグイ来るところも男っぽいし」

美里は所沢さんをだいぶ気に入ったようだ。

「それよりつぐみ、あんたあのオタク野郎に手握られていたけど大丈夫?

それともあーゆうのが好みだったりするワケ?」

「いや・・・私もああいうタイプはちょっとゴメンナサイかな。

ただオタクだからといって偏見の目で見たらいけないかなって。」

「2次元の女相手に愛だの恋だの結婚だのとうつつを抜かすような男なんてやめておきなさい。アイツら自分の持ち金全部を限定フィギュアやら同人誌やらにつぎ込むんだから。

同情なんてして手なんか触らせたら勘違いされるよ!

・・・あらごめん。美里も山Pの誕生日には写真飾ってケーキ食べる生粋のジャニオタだっけ。」

「あんなオタクと一緒にしないでよ。私は山Pは山P、

現実は現実ってちゃんとスイッチ切り替えてるんだから。」

美里はぷうと頬を膨らませた。

「まあ、美里はともかくつぐみ、今日は3人とも勧められないわ。全員NG。オーケー?」

「うん」

私は熊谷守と連絡先交換したことは沙耶に黙っておこう、と思った。

合コンでの男を見る目は、沙耶に任せておけば間違いない。

なにしろ百戦錬磨の戦を戦ってきた猛者なのだから。

トイレから戻ると、男達は勝手に席替えをしていた。

私の横には太宰好きの久喜さんが、眼鏡をハンカチで拭いていた。

「初めまして。山本さんだよね?」

「はい。山本です。初めまして。」

久喜さんは私が子供の頃習っていた書道の先生に似ていて、知的な雰囲気を纏っていた。

「趣味が手芸っていいね。女の子らしくて。」

「そうでもないですよ。そんな大したもの作ってないし。」

「手芸といえばウチのママ、いや母がハワイアンキルトにハマっててね。

家じゅうハワイアンだらけで困っちゃうよ。」

いま、ママっていいかけたよね。

いやまだ決めつけるのは早い?

久喜さんは帰国子女かもしれないし、ヒロミだって伊代ちゃんのことをママって呼んでいる。

「へえ。すごいですね。あれ作るの時間かかるんじゃないですか?」

「ところがね、ウチの母は作るの早いんだよ。

おかげで僕の部屋にまで母の作品が飾られている始末さ。」

男子の部屋にハワイアンキルト?

どういう部屋なんだ?

それからも久喜さんは、母親の作る食事やら母親の好きな韓流俳優の話をし始めた。

これはもうマザコン確定だな。

「お前さあ、さっきからママ語りうるせーんだよ。」

気が付くと前の席には、所沢さんが前のめりに座っていた。

耳のピアスもさることながら、首にかけられた金色のペンダント、髑髏柄のTシャツが

チャラさを物語っている。

「つぐみちゃんさ、合コン初めてなんでしょ?どう、楽しめている?」

「あ、はい。」

「沙耶ちゃんや美里ちゃんも可愛いけどさ、二人はどちらかというと美人系だよね。

その点つぐみちゃんは清楚な可愛い系だね。」

「いえいえ。とんでもない。」

「そんなことないよ!可愛いよ!!」

「またまた。ご冗談を。」

女が可愛いと言われれば、誰でも喜ぶと思ったら、大間違いだから!

「冗談じゃないよ。本当にそう思ったから口に出しただけ。」

そう言って所沢さんは椅子から立ち上がると、私の耳元で囁いた。

「ね。この後二人で抜け出しちゃわない?感じのいいカフェバーを知っているんだ。」

「えっと、門限がありますので。」

「門限なんて破るためにあるものさ。ね、ね、行こうよ。」

なに?この男。しつこいんだけど・・・。

私が辟易していると、パンパンパンと大きな拍手が響き渡った。

「私達そろそろ時間なので、帰ります!今日は楽しかったでーす!」

沙耶はカバンを抱えて立ち上がると、私の腕を引っ張った。

「さっ!帰るよ、つぐみ。美里も。」

私は所沢さんに

「すみません」

と一言告げると、沙耶の後を追いかけた。

店を出ると、我慢していた息を大きく吐いた。

でもとりあえず3人の男と話すことが出来た。

それだけでも私にしては一歩前進だ。

その時ハッとトイレに化粧ポーチを忘れてしまったことに気づいた。

「ごめん。忘れ物しちゃった。ちょっと待っていて。」

私は沙耶と美里にそう言い残して、再び店の中に入った。

無事トイレから化粧ポーチを取り戻して店を出ようとした時、先ほどまで自分達がいた個室から所沢さんの大きな声が聞こえて来た。

「ちょっと大人しそうだから誘ってやったのに。あの地味女。お高くとまりやがって。」

はあ??

それ私のことだよね??

誰が地味女ですって?

お高く止まってって、アンタがチャラチャラしすぎなんでしょ!

私はハンマーで頭を打ちぬかれたような衝撃を受けながら、よろよろと店を出た。

男の優しい言葉なんて信用ならない。

やっぱり男なんて大嫌いだ。



翌週の日曜日。

ママに呼ばれた私は2階の自室から、リビングに降りて行った。

「これ、つぐみの洗濯物。」

ママは綺麗に畳まれた洋服や下着を、私に手渡した。

「あとついでに鹿内君の洗濯物も頼まれてくれない?」

「ええ?!」

「同じ2階だからいいでしょ。

それに最近あなた達、一緒にモモの散歩に行くくらい仲良くなったじゃない。」

「それは、まあモモが鹿内さんにすごく懐いてるし・・・。」

するとママはお気に入りのエプロンの皺を伸ばしながら、しみじみと言った。

「ママ、ちょっと安心しているのよ。

小さい頃のトラウマで男性嫌いになってしまったつぐみが鹿内君と打ち解けているのを見て。私も最初は反対だったけど、今では鹿内君に来てもらって良かったと思っているの。」

「まあ、そうかもね」

たしかに鹿内さんがウチに来なかったら、男嫌いを治そうなんて発想は出てこなかったかもしれないから、そこは感謝しなくてはいけないよね。

「つぐみがこのまま男性嫌いが酷くなって、社会に出てもうまくいかなかったらって。」

「ママ?」

「そしたら、あの時目を離した私のせいかなって」

「ちょっと!そんなにシリアスにならないでよ。そりゃ、あの事はトラウマだけど、それだけが理由じゃないし。」

私は胸が痛くなった。

「ママ。いつも心配かけてごめん。でも私、男嫌いを脱却しようと決意したの。そのうち彼氏でも作って、ママに紹介する日も遠くないと思うんだ。だからその日を楽しみにしていてよね。」

「あらそう!」

ママの顔がパッと雨上がりの空のように晴れた。

「これも鹿内君のお陰かしら?」

いや、アナタの娘、その鹿内君に脅されていますけど?

私はママから、鹿内さんのヒョウ柄のトランクスが混じった洗濯物を受け取ると、2階へと上がっていった。

鹿内さんの部屋は2階の一番奥にある。

半年前までは今は亡きお祖母ちゃんの部屋だった。

優しくていつも折り紙で綺麗な折り鶴を作ってくれたお祖母ちゃん。

亡くなったときは、辛くて淋しくてワンワン泣いた。

まさかその部屋に男の人が住もうとは、夢にも思わなかった。

鹿内さんの部屋のドアをノックする。

反応はない。

多分部屋には不在なんだろうと思い、そっとドアを開けた。

「お邪魔しま~す」

ドッキリ番組のレポーターみたいなノリで中に入ると、予想に反して部屋の主は不在ではなかった。鹿内さんはベッドの上で寝息をたてて眠りについていた。

私は忍び足で鹿内さんに近づいてみた。

長いまつ毛、いつもは隠れているおでこが全開になって、少し幼く見える。

そして手足を丸め、無防備な寝息を立てている。

部屋の中をぐるりと見渡すと思ったより片付いていた。

これが鹿内さんの部屋か・・・。

ブルーのカーテンにステンレスの勉強机、本棚には男子向けの漫画とおそらく大学で使う教科書や参考書が乱雑に並べられている。

机の上にはいつも鹿内さんが吸っている銘柄の煙草とペンギンのキャラクターが描かれている陶器の灰皿、そしてポール・スミスのライターが置かれていた。

安物の灰皿と高価なライターのミスマッチがなんだか鹿内さんの人柄を表しているような気がした。

誠実で優し気な表の鹿内さんと、私に見せる女嫌いで俺様な鹿内さん。

どっちが本当の鹿内さん?

多分、どちらも本当の彼なのだろう。

壁には青い空をバックに車が走っている風景画。

そしてトイプードルのマルコの写真が貼ってある。

信二兄ちゃんの部屋は、もっと汚かった。

食べ終わったカップ麺の器や空のペットボトルが散乱していた。

あのガングロな彼女に掃除してもらっていればいいけど。

部屋は微かに煙草と男性用整髪料の匂いがした。

私は洗濯物をベッドの端っこに置くと、もう一回まじまじと鹿内さんの寝顔を眺めた。

そしてもう一度マルコの写真の方を振り返る。

母の愛を求めて旅を続けたマルコ少年。

それは鹿内さんの心のモノローグなのかもしれない。

鹿内さんの寝顔に自分の顔をそっと近づけると、私の髪が鹿内さんの頬に触れた。

その瞬間、突然鹿内さんの顔が、苦悶に満ちた表情に変化した。

「来るな・・・来ないでくれ・・・やめ・・・ろ・・・」

「え・・・?」

私はしばらく棒立ちになって、うなされている鹿内さんを凝視することしか出来なかった。

鹿内さんはうめき声をあげながら、背中を丸め、お腹の中にいる胎児のように縮こまった。

体中がブルブルと震えている。

何かから自分を隠そうとしているように。

その辛そうな姿を見ていられなくなった私は、鹿内さんの両肩を揺さぶって夢の世界から現実へ引き戻そうと試みた。

「鹿内さん?!鹿内さん!!大丈夫ですか?!」

「・・・・つぐみ・・・・」

鹿内さんは切ない声でそうつぶやくと私の腕を掴み、強い力で私を引き寄せた。

そして母親にしがみつく子供のように、私を強く抱きしめた。

「鹿内・・・さん・・・?」

「つぐみっ!」

そう叫んで荒い息を吐きだしながら、鹿内さんは勢いよく身体を起こし、目を覚ました。

そしてゆっくりと息を吐き、そのとき初めて私を抱き寄せていることに気付き、パッとその手を離した。

「・・・え?つぐみ?どうして・・・」

「私は鹿内さんの洗濯物を届けに来ただけです。それより・・・鹿内さん大丈夫ですか?

随分うなされていましたけど・・・。」

「ああ・・・慣れているからどうってことない。それより」

鹿内さんは私の体勢を見て、愕然としていた。

「俺、本物のつぐみを・・・?」

鹿内さんはただ、呆然としながら、目を泳がせた。

「本物?私に偽物がいるんですか?」

鹿内さんは私の問いには答えず、頭を下げた。

「悪かった。」

「え?」

「怖かったよな?」

「いえ。寝ぼけていたんでしょ?鹿内さんは何も悪くないです。謝らないでください。」

鹿内さんは目を伏せ、自分の手の平をじっとみつめていた。

「悪い夢でも見たんですか?」

「ああ。たまに見るんだ。同じような夢を。」

「私もこの前、怖い夢を見ました。フラッシュバックっていうんでしょうか、ああいうのって。」

「・・・・・。」

「私、調べたんです。どうすれば悪夢を見なくなるのかって。悪夢って浅い眠りのときのレム睡眠中に見るんですって。逆に言えばノンレム睡眠中は夢を見ないで済むんです。深い眠りが大事なんです。それにはストレスや深酒は良くないみたいです。鹿内さん、お酒沢山飲むでしょ?あれ控えた方がいいです。」

「ああ・・・。そうだな。ありがとう、つぐみ」

鹿内さんは私を、哀れな同胞を見る目で眺めていた。

しばし無言の時間が過ぎ、鹿内さんはベッドから降りると、間を持たせるためか、煙草を一本抜き出しライターで火をつけ、美味しそうに煙を吸い込んだ。

鹿内さんは気まずいのか、ひたすら煙草の煙を量産している。

私は努めて明るい口調で切り出した。

「そういえば私、この前友達に誘われて、初めて合コンなるものに行ってきましたよ。」

「・・・へえ。つぐみ、本当に合コン行ったの?」

鹿内さんは少し驚いているようだった。

「合コンに行って男に慣れろって言ったのは鹿内さんでしょ?」

「そうだけど・・・男嫌いのつぐみが、ね。雪降るんじゃねーか?」

「自分で焚きつけておいて、それはないんじゃないですか?」

鹿内さんは寝癖のついた髪をぼりぼりとかきながら、顎をベッドの方へ向けた。

「ま、立ったままもアレだから座れよ。」

私は鹿内さんのベッドの端に座らせてもらった。

「女嫌いの鹿内さんでも合コンに行くんですか?」

「ああ。付き合いで断りきれないときはな。」

「タダ飯につられて?」

「ちゃんと会費は払う。借りは作らない性分でね。」

「鹿内さんは合コンなんかに行かなくたって、相手見つかりそうですもんね。」

「・・・どうでもいい相手が見つかったって意味ないよ。」

私の皮肉めいた問いに、いつになく真面目な顔で答え、鹿内さんは2本目の煙草に火を付けた。

「でも女の子と一緒に飲むわけだから、少しは話したりするわけですよね。

鹿内さんはどんなことを話すんですか?」

「そんなのいちいち覚えてないよ。まあ、天気の話とか、どこのメシが美味いかとか・・・。」

「なんか敬老会の集まりみたいな会話ですね。」

「合コンで女と話をするの面倒臭いんだよ。食い物取り分けて気の利く女アピールしてくるけどこっちは好きなモノを好きなタイミングで食いたいわけ。あと香水の匂いもキツイし。

話もつまんないし。合コンなんて出来ることなら行きたくないね。」

「鹿内さんは合コンを舐めています。私の親友いわく合コンとは男と女の駆け引きの場、戦場だと言っていました。」

「駆け引きねえ。つぐみは、駆け引きなんて出来るの?」

「いや、実は駆け引きの意味自体がよく判ってないんですけど。えへ!」

「えへ!じゃねーよ。可愛い子ぶりやがって。」

鹿内さんは私の頭をコツンと軽く叩いた。

「いいか?駆け引きってのはな、自分の方がターゲットより有利になるように、押してみたり引いてみたりする恋のテクニックなわけ。例えば好きな男がいたとして、その男に気があるそぶりを見せたり、冷たくして見せたり・・・そういうことをつぐみは計算して動けるの?」

「好きな男性がいたことがないからわかりません。だけど私はそんなこと出来ないかな?

好きになったら冷たいフリなんて出来ないと思う。

鹿内さんはどうなんですか?恋の駆け引きしたことありますか?」

「・・・・さあ。どうだろ。付き合った女にそんな面倒なことをした覚えはないけど。」

「それは鹿内さんが本当に女の人を好きになったことがないからじゃありません?」

「・・・・・。」

「本当に好きな相手なら、駆け引きでもなんでもして、自分のものにしたいと思うものなんじゃないですか。今まで付き合った女性の中でそういう人はいなかったんですか?」

「・・・ああ。いないね。俺は女を本気で好きになって付き合ったことなんて一度もないよ。

でも万が一、その気になれる女が出来たら、駆け引きしてやってもいいけどな。」

「そうですか。あーあ。鹿内さんって本当に残念な男!イケメンの無駄遣い。」

「残念で結構。つぐみこそ高校生にもなって初恋もまだなんて不憫な女だな。その辺の幼稚園児より恋愛偏差値低いんじゃないの?」

私たちはひとしきりお互いを罵り合うと、顔を見合わせて噴き出した。

「いい加減、お互いの傷に塩をこすりあうのはやめません?」

「つぐみが言い出したんだろうが」

私は話題を方向転換するためにわざと大きめなジェスチャーで話し始めた。

「そんなことより!ちょっと聞いてくださいよ。」

私はスカートを握りしめた。

「初めての合コンの相手は、チャラ男とマザコンとオタクでした。」

「はははっ。ざまあみろ。俺に説教なんか出来る立場じゃないだろ。」

「あ、でもそのオタクさんと連絡先交換しました。」

「・・・へえ。どんなオタク?」

「生粋のオタクって感じの人でした。ちょっと小太りでフィギュア集めてる、秋葉原によく出没しているような。でも好きなアニメが同じだったし、アニメに詳しいようなので色々と教えて貰えたらと」

「ふーん。俺とどっちがいい男?」

「・・・・さあ?」

「まあ、聞かなくても分かるけど。」

鹿内さんは自信満々な顔でほくそ笑んだ。

まったく、どれだけ自信過剰なんだか。

「で、その中のチャラ男がヒドイ奴だったんですよ。私のこと陰で「地味女」とか言っていて。合コン中は可愛いとかなんとか言っていたくせに。だから男っていうのは信用ならないんですよ。ああホントむかつく。男なんて大嫌い!」

「だからそういうゲスなヤツを男というだけでカテゴライズするなって言ってんだろ。

それに地味女っていうのは言い換えれば「おしとやか」ということだ。物はいいよう」

「おしとやか?」

「それにその男達と普通に話せたんだろ?それだけでも成長したってことじゃねーの?

そもそも合コンなんか男と女の騙し合いなんだから、いちいちそんな言葉を真に受けることないんだよ。」

そう言いながら鹿内さんは煙草の灰を灰皿に落とした。

それでもなお、私の男への恨みは消えず、鹿内さんの方へその怒りの矢は飛んで行った。

「でも、なんだかんだ言っても鹿内さんだって合コン行って、綺麗なお姉さんをお持ち帰りしたりするんでしょ?そういうのワンナイトラブっていうんですよね?」

「はあ?」

鹿内さんは灰皿に煙草の吸殻をひねりつぶしながら、私を睨んだ。

「するわけねーだろ!たった一回話した女になんか、手出すかよ。

それともつぐみは俺の事、そんなに軽い男だと思っているわけ?」

「だってこの前、愛がなくてもセックスできるとか言っていませんでしたっけ。」

「それはつぐみが、子供が欲しいと言ったからだろうが。

世の中の男全部が、どんな女とでも寝るだなんて思うなよ。

今度俺にそんなこと言ったら承知しねーからな。」

鹿内さんのその言葉は、軽めの口調だったけれど、鬼気迫るものを感じた。

鹿内さんは本当に怒っているようで、イライラした様子で吸っていた煙草を執拗にひねりつぶし続けている。

「すみませんでした。」

私はシュンとして見せた。

「本当に反省しているのか?」

「反省しました!ゴメンナサイ!!」

「よろしい。」

鹿内さんは私のほっぺたを両手でつねった。

「つぐみの笑った顔は地味に可愛いぜ。俺のいうことも信じられない?」

「ひんじますから離ひてください!痛ひですから!!」

鹿内さんはパッと手を離すと、悪戯っぽく微笑んだ。

「ところでその可愛いつぐみちゃんに、早速彼女役のお仕事を頼みたいんだけど。」

「はい?」

「俺が安眠出来るようストレス退散のために、人肌脱いでくれよ。」

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